Raspberry
--The lightly sweet, fruity, floral, slightly sour and musty aromatic associated with raspberries.
World Coffee Research, Sensory Lexicon (First Edit, 2016)
フリーズドライでもジャムでも冷凍でもない、生のラズベリーを食べたのはこれが初めてだったかもしれない。赤い液の詰まった幾つもの小胞がビッシリと配列して全体をつくり、果床の跡が大きく窪んでいるので、まるで培養液の中で細胞分裂して育ったミニチュアの臓器のようにみえる。房と房の間からは同じ数だけの毛が生えている。
ラズベリーを見るとまたIKEAのフードコートに行きたくなる。円を一方向に引き伸ばしたような形の白い皿にのせられたチーズケーキの、室温にゆっくりと解けていくクリームチーズとぽろぽろ溢れるクランブルに塗れて皿に纏わりついたラズベリー・ソース。日中の照明はガラス越しの日光に押されてかえって薄暗く、赤いソースの表面に曖昧なハイライトを寄越している。誰もがめいめい勝手な席で、勝手なことを、勝手な方向に向かって話している、これはまだ年が明けて幾月と経たない頃の光景だったか。
9:30 現在、コーヒーは二杯。ホンジュラスのハニー・プロセス。コメントに「グレープフルーツ」とあったのが、実際に口にしての滑らかに甘い第一印象からはいまいち納得できなかったが、しばらくおいて冷めてみると、どこから湧いたのか、グレープフルーツの皮のかすかに渋い酸味が確かにはっきり現れている。
昨晩は買い出しに出た。スーパーマーケットに向かう道中、いつも見上げる好きな樹がある。くたびれた民家の片隅に立つくたびれた樹で、敷地の片隅からだいぶ路上にはみ出して、足下のブロック塀には番地表示のプレート、その傍らに電柱が立ち、幹から分かれた枝先は電線と半ば絡まりそうになっている。電柱の上の方には街灯の頭が挿げられており、夜、私が買い出しに出る時間にはそれが樹の木末に斜めに差し込んでいる。葉の縁周りは黄味に透かされ、その内側はすっと青く発光し、それが互いに折り重なって、ザクザクと筆を重ねるように斑らに暗緑へと沈もうとするが、葉が微かに揺れるたびにそれがまた解けて蛍光する緑が零れ出たりする。そうした葉叢に突き立つ枝はいよいよ黒黒として、樹下のこちらが視点を少し動かすほどに光を蔽いまた洩らしの縞々だ。夏の間はこんもりと茂った枝葉が複雑に光線を応酬していたこの樹も、いまは光源に近くの枝先に僅かに葉を保持するばかりで、幹は以前より少し灯を多く受け、自らの木末の黒い網目がそれを細かに刻んでいる。
3Dグラフィックにおいて、セルフ・シャドウの扱いはひとつの悩みの種であったという。遮蔽幕としての自らが、投影幕としての自らに落とす影。その語の二重の意味でスクリーンとしてのオブジェクト。影とは太陽の視界の残余であり、そこにおいてオブジェクトは自らの内で細かに分裂している。太陽と一対一で差し向かう限りでの自らを、太陽の目に向けて余す所なく照り輝かせながら、その裏側では微細な陰影の経済が自己のあらわれを無限に引き延ばしている。太陽の目を盗み盗み、その引き延ばしのうちにあるのがこの世界だ。
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