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2020年12月5日土曜日

20201205 洪水、修復、懸隔

9:00 現在、コーヒーはすでに一杯。UCCのタンザニア・ブレンド。

今朝は久々に普通の時間に起きた。また薄暗く曇った日だ。


昨日は1966年の11月にフィレンツェを襲った大洪水についての記事を少し読んだ。アルノ川の氾濫はこの街の住民の日常のみならず、貴重な文化財の数々に甚大な被害をもたらした。

フィレンツェ出身の映画監督フランコ・ゼフィレッリによる記録映画『Florence: Days of Destruction』(1966)を観た。彼の最初期の監督作にして唯一のドキュメンタリー作品であるらしい。瓦礫や自動車、日用品を押し流す濁流、段差や格子窓から溢れる水、街路をぬっと覆い尽くす水面の映像。白黒フィルムの像にしても異様に黒々と光を照り返す水面は自動車から漏れたガソリンが浮いたものであるらしい。開口部という開口部から流れ込んだその水はサンタ・クローチェ聖堂の壁面を上下にきっぱり白黒へと塗り分けた。堂内をカメラが水平に旋回し、画面下端のあまりの平さに、あたかも地面が失われて空虚なヴォリュームだけが広がっているように見える。書庫は天井にまで紙が張り付き、水を吸って膨張した本が書架の中で互いに突っ張りあい、石積みアーチのように浮かび上がっている。

映画の後半では傷ついた文化財の救助に奔走する人々の姿が映し出されている。足場の上に窮屈そうに並んで座り、壁画表面に保護用の和紙と樹脂を張り込んでいく。泥に塗れてページの貼り付いた書物をバケツリレー式に運び出し、トラックに詰め込んでいく。

セーターの前面を泥で固めた少年がカメラに投げたはにかみはしかし一瞬で力尽きるように萎み、背けた顔の下にシャツの襟ばかりが画面に白く焼きつく。トラックから伸びるホースが吐き出す水が手の泥を押し流す。ボトルに詰められた飲用水が縄に提げられて筏から引き上げられる。シガーキスで火を移しあう若者の足下にはまだ手付かずの泥まみれの書物が広がっている。引火の心配さえ不要だろう。


田口かおり「1960年11月4日、フィレンツェ」(第一回)(2016年2月13日) 
http://siryo-net.jp/contribution/firenze1966-01/

 

"Florence: Days of Destruction" (University of Maryland Digital Collections) 

 

イタリア文化の中心であるほどに、それは潜在的にその喪失、忘却、そして復古、修復の中心でもある。記事中には現地で指揮を取ったウンベルト・バルディーニやウーゴ・プロカッチ、近代修復学の祖チェーザレ・ブランディといった名があらわれる。そういえばブランディの所属する国立修復研究所は、遡ればファシズム政権下の文化政策の中心を担ったジュゼッペ・ボッタイが設立を指揮したものだった。

ボッタイの名を知ったのは鯖江秀樹『イタリア・ファシズムの芸術政治』(水声社、2011)でのことで、党首ムッソリーニの、ともすれば「キッチュ」になりかねない古典主義への偏執に苦言を呈するボッタイの姿勢が印象的だった。「復元よりも保護」を。始源と現代との間に横たわる隔たりを、明っけらかんと無みしようとする「キッチュ」を断固として拒絶し、むしろその懸隔、裂け目をこそ、いわば作品への遡行可能性の架橋として死守すること。


寒い。油が冷えて固まるように鈍い身体の循環だ。昨日届いたヘッドフォンを試した。Sony のWH-1000X M3 、ノイズ・キャンセリング機能が付いている。音楽なしでこの機能だけを有効にしてみているが、なかなか良いかもしれない。聞こえないというよりはむしろ無用に気をもっていかれることがなくなる、という感覚だ。距離が確保できる分、むしろよくそれを聞くことにすらなるかもしれない。テフロン加工の感覚器。

寒い。階下から響く物音への恐怖の中でこれを書いている。キーボードのバネの金切り声。ヘッドフォンをしてより低い打撃音に気付くようになる。硬直した指が押し返される。吸気が鼻腔をざらざらと擦り上げる音が響く。Da, Da. Halt.





2020年11月21日土曜日

20201121換気、UNIQLO、シクラメン

8:30 現在、コーヒーはすでに1杯。エチオピアのウォッシュト。


一昨日に引き続いて生暖かい昨日であった。しかし風は強い。鈍空にすわ工事は中止かと期待したのも束の間、腰に提げた金具の音が寄せ来て、警備の方の誘導に手刀を切りつつ駅を目指した。途中、視線の先がやけに明るいなと思っていたら、一、二区画分の土地が半年ほど見ないうちに丸々更地になっていた。電車はすぐに滑り込む。ビジネスホテルの清掃中の部屋のろくに開かぬ窓の隙間からカーテンがびらびらと吹き出していた。こちらの目前の自動ドアの窓ガラスは当然嵌め殺しだ。座席側の窓が空いていたかは覚えていない。

池袋駅では見慣れない車両を見た。銀色の躯体に並ぶ正方形に近い大きな窓が、黄色い座席の足元近くまでを露わに見せている。去年春にデビューした西武鉄道「Laview」001系のようだ。SANAAの妹島和世が車両のデザイン監修にあたったという記事を読んだことがあった。当然窓は嵌め殺しだろう。窓はその奥に人の存在を予感させるけれど、それが開け放たれるやその予感は、まるで吹き込んでくる風に吹き払われてしまうかのように、希薄なものになってしまうようだと思う。生とは幾ばくかの澱みだ。窓ガラス越しに差す陽の光が、隙間風に舞う埃を静かに振動させる。


新宿駅新南口改札前の広場はすでに完成間近で、段差を少し上がったところには臍くらいという妙な高さの横長の植栽があり、どうやらその両脇から水平にのびた縁部に買ってきた弁当を置いて青空立食パーティーができる。どんな顔して向き合えば良いのかわからない。


高島屋の上の方の階のUNIQLOは、もともと通路に広く開いていた入り口の大部分を机やマネキンで潰し、残りのいくつかのゲートに動線を絞り切ったうえでそこに非接触体温計と消毒液を配備している。感謝祭期間中の本日はさらにそこに東京ばな奈を配る店員が待ち構える。「+J」シリーズ発売と感謝祭とが重なることで予想されていた混雑はしかし特に見られず(目立たない立地ゆえだろうか)、「+J」も意外と棚に並んでいた。正直期待ほどには刺さらなかったが、他方隣に並んでいた通常ラインのハイブリッドダウンが思いのほか良い作りで感心してしまった。正直最初はこちらが「+J」のやつかと思った(売り切れていた)。結局フリーマガジンだけ貰って店を出る。


去年日本から撤退したFOREVER21の新宿店跡のビルには「ゆるゆり」の巨大なポスターがソーシャル・ディスタンスを呼び掛けている。距離を確保させるには自ら大きくなるのがいちばん手軽だ。トーマス・ルフのポートレートに寄ってたかって至近距離で目を凝らそうとする鑑賞者は比較的少数派だろう( https://nanka-sono.blogspot.com/2016/11/blog-post_11.html )。ダ・ヴィンチもスケッチよりもモナリザよりも最後の晩餐がより適切だろう。キャプションの文字サイズに変化はあっただろうか。


もともと画家として活動をはじめたドナルド・ジャッドの作るオブジェクトにとって、そのスケールは重要な要素だ。あまりに小さければそれは鑑賞者の手の内で道具と化してしまい(ジャッドはいくつかの家具のデザインも手掛け、失敗したり成功したりしている)、さりとてあまりに大きければそれはモニュメントだ(ジャッドは建築家でもある)。例えば天面を鑑賞者の目の高さより少し上に設定することで、オブジェクトはそれを前にした者の手には負えない、しかし目と脚で追うことはできる、空間的・時間的に幾ばくかの暈を纏った、経験の嵩張りの中心として機能する。作品とてホワイト・キューブとて、ある種の統制の空間に他ならないわけだが、ところで窓はそこにいかに組み込むべきだろうか。そもそも接触を厭う空間において、手指消毒の役割とはなんだろうか。展示空間に住むことは可能だろうか。「飾り窓」を換気することは可能だろうか。作品で窓を塞ぐことは可能だろうか。


その夜、スーパーマーケットの花屋で一株のシクラメンを買った。値引き品のひどく草臥れたやつで、花はふたつ斜めに傾いて咲くばかりだが、つぼみはいくらか残っているようだ。実家にあるものよりだいぶ青みの強いマゼンダで、片手に抱えて夜道に出ると鈍くくすんだように闇に紛れる。この色を自社のロゴに掲げる企業はまずないだろう、というような陰気な色だ(唯一思い浮かんだのが昔使っていたHuawei 社のスマートフォンの、起動時のやたらと派手だがフレーム数は少ないアニメーションで、黒い背景に翻えるようにロゴが現れる、その周囲に飛び散る花火の一部がこんな色だった気がする)。無人駐車場の蛍光灯の光を横から受けては花弁の縁だけを浮かび上がらせ、街灯を上から受けては不意にダイオードのように熱のない光をこちらに寄越す。葉の配置は効率的で土の表面は窺えず、不明の黒か土の黒かの見分けがつかない。

私は東京ばな奈をまだ食べたことがない、食べたことがないという味とでもいうものがある。窓の無い部屋の中、不明の味。


変に生暖かった一昨日に代わって秋らしく吹き込む風の秋晴れの日だ。工事は休工の、世間の三連休の初日だ。カウントは盛り上がり為政は大喜利に余念がない。


12:30 現在、コーヒーはすでに二杯。先ほどと同じエチオピアのウォッシュト。すみやかに抽出して青瓜のような印象。エチオピア北部でなおも続く紛争などはどこ吹く風と、イルガチェフェ。

2020年11月13日金曜日

20201113 夢、大気、PS5

9:30 現在、コーヒーは一杯。パプアニューギニアのウォッシュト。

ここしばらく、「コーヒーが好きであり、自分なりに色々読んだり試したりするように心掛けている」と言ってもよいかな、というくらいの振る舞いをしていたつもりだけれど(躊躇いなしにそう言えるだけのものを私はこれまでひとつとして持たないままに今まであった)、とんでもない、私は本当に何も知らないのだという分かりきった事実が改めて闖入してくる。Kindleで200円で買った200ページばかりの初心者向けムックさえ、知らない内容で一杯だ。


キャベツのトーレン。汗を吹いてふやけた薄緑とターメリックの黄色が馴染み、そこに褐色のマスタードとココナッツファインの白色。塩辛い。バスマティ・ライスを炊く。この米に特徴的という香りも私の鼻にはいまだにぴんとこない。もとより視界に映らぬものを探すのはとてもつらい。


昨夜の夢でもまた私は誰かと喧嘩していた。日中の私には決して湧き上がることのない弛まぬむかつきの滞留。「怒りが爆発する」とは言うけれど、怒りはそれ以前にまず、ある種の持続力を要求するものだ。突沸してたちまちにおさまるような怒りは怒りとも呼べまい。

20201020 果実、頭、怒り続ける  )

何かを追う夢、何かに追われる夢をよく見る。いよいよ迫る破滅の影に、しかし私の脚はプールの水を掻くようにのろのろとして進まない。あるいはもっとずっと昔、子供の頃には、よく平泳ぎで空を飛ぶ夢を見た。脚の内側に大気を絡め取るようにして、じわりじわりと浮かび上がった地上5メートルばかりの上空から路上を見遣る。どちらの夢でも、その大気は普段呼吸しているものよりもずっと私に濃密で、四肢の運動に払い遣られることもなく、むしろその中でもがく私をいよいよ絡め取って滞留させる。

この滞留のうちに、片栗粉でとろみのついた汁に落とした溶き卵が房を成して凝り固まるように、夢の中の私の怒りもまた可能になっているのではないかと思う。


昨日、熾烈な抽選を勝ち抜いてPS5を手に入れた人たちのTweetが流れてきたのだが、その中のある報告に胸がざわついた。なんでも、PS5のコントローラー表面と本体のパネル裏面は細かい梨目加工になっているのだが、それをよくよくみると、その梨目は実は細かい○×△□マークがビッシリちりばめられたものなのだという。これはもう、いかにもなにかの悪夢にありそうな質感のお話ではないか。

この悪夢的な不気味さの源はなにかといって、まあ、まずはそのスケールによるものだ。私たちが自らの手で何かを作り上げようとするとき、ふつうそのデザインは、私たち自身の生身が持つ分解能の範囲内で成される。色は可視光、音は可聴域から。目に模様として映るスケールはこれくらい、操作表示としてならこれくらい、握り締めるならこの程度だし、その上を歩き回るならあのくらい。そうしたスケール設定を期待して向かった先でしかし踏み外すとき、私たちはすぐ、自分が何かを間違えたことを悟り、間合いを取り直そうと距離を置く。 

しかしそれだけであればよくあることだ。用途を間違えていたのかもしれないし、あるいはそもそもそれは「技術」の産物ではなかった、「自然」の所産だったということかもしれない。私たちがその内に住っている環世界の外部には、広大な「わからなさ=自然」の海がタガも何も無しに無限に広がっている。私に対して他者として立ち現れることさえないそのノッペラボウの自然をしかし私たちは、あたかもそれがはじめから私たちに向けて書かれていたかの体で、抜け抜けと読み上げては自身の球体の内側に組み込んでいく。

問題となるのは、そうした自然への探索作業のさなかに、不意に、全くお呼びでないタイミングで、ふたたび技術の痕跡に突き当たってしまう時だ。全てを自家薬籠中に取り込んでいく厚かましさを振るう余地も無いほどに、はなからこちらに見るべく与えられているかのように、開けっ広げに眼前に姿を現してくるとき、それは不気味だ。火星表面に横たわる2.5kmに及ぶ人面岩であるとか、遺骨の海綿質を顕微鏡で拡大していった先に映り込む微小なシリアル・ナンバー(『ブレードランナー2049』)は、私たちの目に不気味だ。

そうした場違いな品=オーパーツ(Out-Of-Place-ARTifactS)に出くわすとき、これまで揃っていた私たちの歩みは激しく動揺する。足幅はばらつき、足並みが乱れる。常識=良識 bon sens のスケールが揺らぎ、リズムが破綻する。私たちはその場に渋滞し、滞留する。逃れようとするも脚はすでに縺れ、ぶよぶよと膨張し、もはや足裏の冴えた感覚も確かなグリップも期待すべくもない。

「なんということだ、そうだ、これはなにかの悪い夢だ、私たちは見られている、私たちのこの醜態を見てほくそ笑んでいる誰かがいる、それは神か?私たち自身か?」


私たちの目に小さすぎる○×△□に出会したときの悪夢的光景とはこのようなものだろう。この地球、「私たちのために創造された」この地球の大気は、いうまでもなく、他でもなく、"私たち"の四肢に、呼吸器に、それこそ「空気のように」透明で、軽やかで、無味無臭だ。大気のこの透明感は、"私たち"の同質性にこそ保証され、同質なる私たちを中心に、同心円状に広がっている。しかし円環の片隅が不意に何か、別の円環と衝突するとき、同質性の円は揺らぐ。したがって大気は濁り、澱み、それまで意にも介さなかった重みが肩へとのし掛かる。こうしたズレ、こうした澱みの中に、例えば私は泳ぎ、脚を掬われ、怒り続けるのだ。




2020年10月19日月曜日

20201019 玉、治水、イメージ

 8:00現在、コーヒーは一杯。イオンのグアテマラの残り少しとUCCのブレンドの混合。赤ワインの風味と苦味が媒介なしに同じテーブルに投げだされたような感じになってしまう。


ここのところさしたる意味もなしに夜更かししがちだったが、昨晩は体調が優れず早めに就寝。前にも見たことのある嫌な夢を見た。

家族(知らない家族。)と一緒に下りエレベーターに乗っている。途中の階で停まる。外には誰もいないと見たせっかちな父親は、私の背後から手を伸ばして半ば開いた扉を閉じようとするが、それを制してこじ開けようとする乗客。それはなんだかそういう高級スイカみたいに頭部がぬるっと四角い男で、半歩こちらに歩を進めたその男を父親は押し返そうとする。それでも押し入る男を見て、今度はこちら一同が入れ替わりに一時下車しようとするも、男はその中の誰だったかを羽交い締めにして逃さない。通りすがりの誰かもう1人も応戦していた気がする。抵抗も虚しくエレベーターの扉は一度閉まるも、また開き、引き摺り出す。3人分の手足が絡まり合ってどれが誰のどの部位だかが判然としない。その中の誰かが私に「証拠にするため」と、男(どの?)の肌に名前か何かをマジックペンで書き込むように、と頼む。私の応答はといえば「ペンがないから、カッターナイフでいい?」ときた。いいらしい。肌に玉のような血がぽろぽろと滲んで汚らしい。


夢を見る私はなぜこうも詰まることなくころころとイメージを転がせるのか。起きている私はといえばおよそイメージというもの一般に乏しい人間で、南仏の鮮烈な色彩の印象だとか、いつの日かのマドレーヌの香りだとか、まるでピンとこない。小説の筋書きの展開に従ってめくるめく情景が幻燈のようによぎることもないし、家族の顔だってほとんど覚えていない。


9:30現在、コーヒーは二杯目。グアテマラのウォッシュト。微細な和毛に表面を覆われているかのような滑らかさだ。


イメージ。端の無いもの、果てし無いもの。あまりに私の手に余るもの。指でその縁を撫でて、頁を繰ることのできないもの。とてもながいもの。


2019年の春先に青春18きっぷ一枚をかざして行った岐阜の記憶もいよいよあやふやになり(長良川は一体どちら側に向かって流れていたのだったか)、昨日地図帳を開いた。金華山の傍らを流れた長良川は、蛇行しながら南西にしばらく流れる。その舵取りを横目に牽制するように、東海道本線は岐阜市街を抜けたところから若干南西南へと逸れつつ直進する。西岐阜駅と穂積駅との間で、長良川は不意に南南東へと首を傾げ、東海道本線と直交する。

なんということだ。想像が及ばない。しかしその交叉を私はこの目で見たはずではないか、岐阜駅から大垣駅へと向かう列車の窓から。列車にさらにしばらく揺られると、今度は揖斐川の流れと交わる。映画『聲の形』の印象的な一場面を成す鉄橋はこの少し下流に位置するはずだ。その右岸には黒川紀章の設計による大垣フォーラムホテルの背中がポツンと見える。長良川と揖斐川は、そこからさらに30kmも並走したあたりだろうか、ついにはただひとすじの堤を境に隣り合い、そのまましばらく流れた末に最河口でようやく合流し、木曽川と並んで伊勢湾に注ぐ。

なんということだ、およそ想像の及ばないことだ。

木曽川、長良川、揖斐川の三河川が並び流れる現在の濃尾平野の風景はしかし、二度にわたる大規模な治水事業の産物であった。かつて互いに複雑に入り組み、交わり合い、流域に度重なる水害をもたらしていたこれら三川は、1754年の宝暦治水、そして1887年から92年にかけての明治治水による分流工事を経て、互いにほぼ完全に分離されることになる、

そういえばこの地の度重なる水難の痕跡もまた、2019年の訪問で私自身その一端を目にしていた。宿をチェックアウトした直後、成り行きで迷い込んだ金華山をなんとか抜けてたどり着いた長良川の、土手沿いに鎮座するコンクリートの巨大な球体、安藤忠雄設計の長良川国際会議場はちょうど開催されていた成人式に賑わっていた。その傍に立つ石碑と案内板には、1921年から39年にかけての長良川上流改修工事による長良古川、古々川の締め切り工事の記録が記されていた。

絡み合う筋は 容易に自らを横溢し、流域に構えた住居の床を水に浸してしまう。果てし無い恐怖だ。こんなものを矯めつ眇めつ、分かった体で分肢しつつ。堤一枚を隔てて人はその地に安らいだ体で今日も日を暮らしているのだ。


また話は戻って2019年の長良川沿い。記念碑そばのベンチでいくらか時間を潰したのち、国際会議場並びに店を構えるSHERPA COFFEEを訪ねる。ファンヒーターの唸りに揺れる観葉植物、コーヒーと一緒に注文したロールケーキは、まだ東寄りに傾いだ太陽が寄越す光線を、一瞬含んで、溜めて、矯めて、こちらに投げ返すように、なんとなく薄らと黄色だった。

その日それから私は、あちらこちらとつきあたりつつ岐阜駅へと辿り着き、東海道本線に養老鉄道を乗り継いで、養老天命反転地を目指すだろう。明からさまにハリボテの、端っ切れの、しかし内側へと絶えず落ち込んでは、球成す全体を絶えず果て無く覆す、半球あるいは覆水不返の盆。


"The saddest thing is that I have had to use words..."



2019年9月17日火曜日

とてもながいなにかに名前をつけること:関真奈美「敷地|Site」


国分寺駅から武蔵美を目指していくらか歩いたところで、どうやら尋ねられ顔をしている私はその日もひとりの女性に「線路ってどこかしら」と呼び止められた。

困った。駅ならともかく線路となると長すぎて指差すわけにもいかないし、かてて加えて生憎ここらはJRは中央線と武蔵野線とが十文字を成す上そこに西武の国分寺線と多摩湖線とが互いに煮え切らない角度に広がりながら交わったり交わらなかったりしており、なおのこと答えるにあぶなっかしい。
まあ私自身ほんのその十数分前に得たばかりだったそんな知識は結果としてそれなりに役に立ち、そこから西武多摩湖線に突き当たる一本の道を示してことなきを得た。

玉川上水づたいにようやく辿り着いた武蔵美の閑散とした食堂で海南鶏飯(らしい)を食べた後、同敷地内のGallery of The Fine Art Laboratory にて関真奈美「敷地|Site」を見る。

真四角でワンルームの展示空間をどう廻るべきかは鑑賞者にとっていつだって最大の悩みの種のひとつであるけれど、その点について言えばこの展示はいくらか親切で、壁に貼られた写真のその傍らにはそれぞれに短い文章が添えられており、その文章は横書きで、しぜん私はその向きに付き従って室内を時計回りに廻り始める。しかし間もなく、室内に点在する台座の上のオブジェのそれぞれが壁の写真と対応していることに気づいたりして、仕方がないので壁づたいは適当なところで中断されて、時折台座の間を彷徨い歩くことになる。

私たちの視野と記憶はかなり狭く限られており、次のオブジェに向かって歩を進めた瞬間には大抵すでに前のオブジェの記憶の大半は霧散していて、だから私たちはそれがまだ目前にあるうちに写真を撮ってお守りにしておいたりするのだが、オブジェが写真になったところで結局最後に見るのが私であることには変わりなく、結局のところそれらを適当にブツ切りして消化を促すよりほかにない。

部分部分にブツ切りされた対象は、しかしそのままでは腕はただ腕であり脚はただ脚であるばかりであって互いに関係を結ばない。モナドには互いに目配せする窓がないのであり、何かしらの外部の力に依ってそれらを和え纏める必要がある。かつては神へと丸投げできたその役目も、今となってはその間接因果の構図はそのままに、人間の経験の方へと裏返されている。私たちは世界を、まるで自らの身体のように区切り、またまとめ上げる。

この室内に散らばる諸々を「敷地|Site」というひとつの展示へとまとめ上げるのもまたその経験を通してである。まずはもちろん鑑賞者の身体のそれではあるが、しかしこの展示においてはそれに先回りするもうひとつの身体、台座の上の棒人間たちの身体を見逃すことはできないだろう。
室内に点在する台座のそれぞれには幾筋かの針金が、互いに凭れ掛かり合うようにして、なかば崩折れながらも立っている。そしてその傍らに添えられた写真が示すのは、その針金がかつて棒人形状に人型を成しており、壁に掲げられた写真に映る人物を模したポーズでその壁際に立っていた、いつかの時点の記録である。
 
ここで壁際にポーズを決める棒人間の姿とは、写真の画面の色の布置を背景を立地 position として直立し、特定の姿 posture の内に静止 pause する 「人物写真」として切り出し=統合する鑑賞者の姿であり、それと同時にその身体を成している絡み合う5本の針金とは「四肢+一胴=五体」という五人一組 member から成る肢体 membrum へと分節された身体に他ならない。
かつて彼らがその内にあったポーズはすでに見る影もなく失われても、絡まりあう針金の数は依然5本のままであり、その肢体の文節はなお維持されている。鑑賞者によっていま再びかつての、あるいはあらたな、ポーズの内に読み返されるれるのを待ち伏せている。
 

ここで藪から棒にひとつの疑問がある。名付けるとは、対象の全貌をいちどに視界におさめ、それをひとつの統一として、その輪郭を言葉で縁取ることだとすれば、しかしそれが叶わぬほどに「とてもながいなにか」を名付けるには一体どうすればよいのだろうか。例えば私が小平市の広がりやかたちを知るべく Google Maps の画面を拡縮するように、対象の一望が可能になる距離まで視点を後退させればよいだろうか。

しかしここでの悩ましき対象は「おおきい」のではなく「ながい」のであった。
JR中央線の全容を視界に収めようと地図をズームアウトするほどに、東京を東西に貫くその用地はいよいよおぼろげな線となり、しまいにはその名を示す文字とともに消えてしまう。ズームインしたらそれはそれで、線路を表す薄灰色の長い長い線沿いのどこに路線名が記されているものかと画面をこねくりまわす羽目になる。


とてもながい、とは、たとえば立方体が次元をまたいだ反復を逆向きに辿り返す(ズームアウトする)ことでなめらかに針穴へと解消されてしまうのと逆の有り様であろう。常に他の次元へとつっかい棒を差し挟んで抵抗するような有り様、ひとつの敷地がひとつの語、ひとつの住所へと解消されることを拒み、いくつもの敷地を横切り、それらを横目に疾駆していく、場所なき場所としての鉄道のような有り様。消失点(それの担い手が神であれ、あるいはそれと画面を挟んで向かい合う私たちであれ)から発してすべてを飲み込みながら花開く一点透視図法の錐体を絶えず食み出していくこと。

再び今回の展示空間の有り様に立ち戻るなら、たとえば第一の鑑賞者としての針金たちが立つ台座のそれぞれは、それに対応する壁際の写真等々を視界のうちに捉えるべく、まず一旦は透視図法の錐体の場に乗って後退る。しかし部屋の広さは限られている以上、ワンルームの壁面三方から部屋中央に向けて背中合わせに押し込まれたそれらはしまいにはすれ違いあい、結果壁面と台座を結ぶ錐体は互いに交差し侵食しあうことになる(思い出すのは先述の、4路線に囲まれたなか「線路はどこ?」と問われる困惑だ)。

あるいは展示室の一面がまるまるガラス張りになっているのを良いことに、いっそのこと部屋から数歩後退ったところから、この部屋そのものをまるごとひとつのオブジェクトとして回収しようとする者があるかもしれない。ところが周到なことに、ガラス面と向き合う壁面には「うしろ」の文字が、"鏡文字で"記されている。すなわち、「室内から見られる限りで鏡として機能するところのガラス張り」を作品の構造の内にあらかじめ組み込む仕掛けが施してある。


意味作用の差し引き零への清算をひたすら先送りにする滞留は、隠喩的特異によってサイト−スペシフィックに絶ち貫かれることもなく、ものとものとを隣接させつつそれらの間をすり抜けていく。
「敷地|Site」の名状しがたさ。それは自らを自らへと食み出させるように、無限に訴えることなく、無限を待つまでもなく、ただここにおいて逃れようのない横溢である。