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2020年11月21日土曜日

20201121換気、UNIQLO、シクラメン

8:30 現在、コーヒーはすでに1杯。エチオピアのウォッシュト。


一昨日に引き続いて生暖かい昨日であった。しかし風は強い。鈍空にすわ工事は中止かと期待したのも束の間、腰に提げた金具の音が寄せ来て、警備の方の誘導に手刀を切りつつ駅を目指した。途中、視線の先がやけに明るいなと思っていたら、一、二区画分の土地が半年ほど見ないうちに丸々更地になっていた。電車はすぐに滑り込む。ビジネスホテルの清掃中の部屋のろくに開かぬ窓の隙間からカーテンがびらびらと吹き出していた。こちらの目前の自動ドアの窓ガラスは当然嵌め殺しだ。座席側の窓が空いていたかは覚えていない。

池袋駅では見慣れない車両を見た。銀色の躯体に並ぶ正方形に近い大きな窓が、黄色い座席の足元近くまでを露わに見せている。去年春にデビューした西武鉄道「Laview」001系のようだ。SANAAの妹島和世が車両のデザイン監修にあたったという記事を読んだことがあった。当然窓は嵌め殺しだろう。窓はその奥に人の存在を予感させるけれど、それが開け放たれるやその予感は、まるで吹き込んでくる風に吹き払われてしまうかのように、希薄なものになってしまうようだと思う。生とは幾ばくかの澱みだ。窓ガラス越しに差す陽の光が、隙間風に舞う埃を静かに振動させる。


新宿駅新南口改札前の広場はすでに完成間近で、段差を少し上がったところには臍くらいという妙な高さの横長の植栽があり、どうやらその両脇から水平にのびた縁部に買ってきた弁当を置いて青空立食パーティーができる。どんな顔して向き合えば良いのかわからない。


高島屋の上の方の階のUNIQLOは、もともと通路に広く開いていた入り口の大部分を机やマネキンで潰し、残りのいくつかのゲートに動線を絞り切ったうえでそこに非接触体温計と消毒液を配備している。感謝祭期間中の本日はさらにそこに東京ばな奈を配る店員が待ち構える。「+J」シリーズ発売と感謝祭とが重なることで予想されていた混雑はしかし特に見られず(目立たない立地ゆえだろうか)、「+J」も意外と棚に並んでいた。正直期待ほどには刺さらなかったが、他方隣に並んでいた通常ラインのハイブリッドダウンが思いのほか良い作りで感心してしまった。正直最初はこちらが「+J」のやつかと思った(売り切れていた)。結局フリーマガジンだけ貰って店を出る。


去年日本から撤退したFOREVER21の新宿店跡のビルには「ゆるゆり」の巨大なポスターがソーシャル・ディスタンスを呼び掛けている。距離を確保させるには自ら大きくなるのがいちばん手軽だ。トーマス・ルフのポートレートに寄ってたかって至近距離で目を凝らそうとする鑑賞者は比較的少数派だろう( https://nanka-sono.blogspot.com/2016/11/blog-post_11.html )。ダ・ヴィンチもスケッチよりもモナリザよりも最後の晩餐がより適切だろう。キャプションの文字サイズに変化はあっただろうか。


もともと画家として活動をはじめたドナルド・ジャッドの作るオブジェクトにとって、そのスケールは重要な要素だ。あまりに小さければそれは鑑賞者の手の内で道具と化してしまい(ジャッドはいくつかの家具のデザインも手掛け、失敗したり成功したりしている)、さりとてあまりに大きければそれはモニュメントだ(ジャッドは建築家でもある)。例えば天面を鑑賞者の目の高さより少し上に設定することで、オブジェクトはそれを前にした者の手には負えない、しかし目と脚で追うことはできる、空間的・時間的に幾ばくかの暈を纏った、経験の嵩張りの中心として機能する。作品とてホワイト・キューブとて、ある種の統制の空間に他ならないわけだが、ところで窓はそこにいかに組み込むべきだろうか。そもそも接触を厭う空間において、手指消毒の役割とはなんだろうか。展示空間に住むことは可能だろうか。「飾り窓」を換気することは可能だろうか。作品で窓を塞ぐことは可能だろうか。


その夜、スーパーマーケットの花屋で一株のシクラメンを買った。値引き品のひどく草臥れたやつで、花はふたつ斜めに傾いて咲くばかりだが、つぼみはいくらか残っているようだ。実家にあるものよりだいぶ青みの強いマゼンダで、片手に抱えて夜道に出ると鈍くくすんだように闇に紛れる。この色を自社のロゴに掲げる企業はまずないだろう、というような陰気な色だ(唯一思い浮かんだのが昔使っていたHuawei 社のスマートフォンの、起動時のやたらと派手だがフレーム数は少ないアニメーションで、黒い背景に翻えるようにロゴが現れる、その周囲に飛び散る花火の一部がこんな色だった気がする)。無人駐車場の蛍光灯の光を横から受けては花弁の縁だけを浮かび上がらせ、街灯を上から受けては不意にダイオードのように熱のない光をこちらに寄越す。葉の配置は効率的で土の表面は窺えず、不明の黒か土の黒かの見分けがつかない。

私は東京ばな奈をまだ食べたことがない、食べたことがないという味とでもいうものがある。窓の無い部屋の中、不明の味。


変に生暖かった一昨日に代わって秋らしく吹き込む風の秋晴れの日だ。工事は休工の、世間の三連休の初日だ。カウントは盛り上がり為政は大喜利に余念がない。


12:30 現在、コーヒーはすでに二杯。先ほどと同じエチオピアのウォッシュト。すみやかに抽出して青瓜のような印象。エチオピア北部でなおも続く紛争などはどこ吹く風と、イルガチェフェ。

2020年11月17日火曜日

20201117 黴臭い、葉の影、引き延ばし

8:00 現在、コーヒーは一杯。パプアニューギニアのウォッシュト。焙煎後しばらく経って香りが馴染んできたからか、ドリッパーと抽出法の変更のためか、以前より表情がよく伺える。意外にも紅茶のような、枯れ葉の組織からじわりと滲み出すような芳香がある。フルーツでありながらも、どこか弾けきらない、地に臥せったように鬱屈した酸味、昨日食べたラズベリーを思わせる酸味がある。


Raspberry 
--The lightly sweet, fruity, floral, slightly sour and musty aromatic associated with raspberries.

World Coffee Research, Sensory Lexicon (First Edit, 2016) 


フリーズドライでもジャムでも冷凍でもない、生のラズベリーを食べたのはこれが初めてだったかもしれない。赤い液の詰まった幾つもの小胞がビッシリと配列して全体をつくり、果床の跡が大きく窪んでいるので、まるで培養液の中で細胞分裂して育ったミニチュアの臓器のようにみえる。房と房の間からは同じ数だけの毛が生えている。

ラズベリーを見るとまたIKEAのフードコートに行きたくなる。円を一方向に引き伸ばしたような形の白い皿にのせられたチーズケーキの、室温にゆっくりと解けていくクリームチーズとぽろぽろ溢れるクランブルに塗れて皿に纏わりついたラズベリー・ソース。日中の照明はガラス越しの日光に押されてかえって薄暗く、赤いソースの表面に曖昧なハイライトを寄越している。誰もがめいめい勝手な席で、勝手なことを、勝手な方向に向かって話している、これはまだ年が明けて幾月と経たない頃の光景だったか。


9:30 現在、コーヒーは二杯。ホンジュラスのハニー・プロセス。コメントに「グレープフルーツ」とあったのが、実際に口にしての滑らかに甘い第一印象からはいまいち納得できなかったが、しばらくおいて冷めてみると、どこから湧いたのか、グレープフルーツの皮のかすかに渋い酸味が確かにはっきり現れている。


昨晩は買い出しに出た。スーパーマーケットに向かう道中、いつも見上げる好きな樹がある。くたびれた民家の片隅に立つくたびれた樹で、敷地の片隅からだいぶ路上にはみ出して、足下のブロック塀には番地表示のプレート、その傍らに電柱が立ち、幹から分かれた枝先は電線と半ば絡まりそうになっている。電柱の上の方には街灯の頭が挿げられており、夜、私が買い出しに出る時間にはそれが樹の木末に斜めに差し込んでいる。葉の縁周りは黄味に透かされ、その内側はすっと青く発光し、それが互いに折り重なって、ザクザクと筆を重ねるように斑らに暗緑へと沈もうとするが、葉が微かに揺れるたびにそれがまた解けて蛍光する緑が零れ出たりする。そうした葉叢に突き立つ枝はいよいよ黒黒として、樹下のこちらが視点を少し動かすほどに光を蔽いまた洩らしの縞々だ。夏の間はこんもりと茂った枝葉が複雑に光線を応酬していたこの樹も、いまは光源に近くの枝先に僅かに葉を保持するばかりで、幹は以前より少し灯を多く受け、自らの木末の黒い網目がそれを細かに刻んでいる。

3Dグラフィックにおいて、セルフ・シャドウの扱いはひとつの悩みの種であったという。遮蔽幕としての自らが、投影幕としての自らに落とす影。その語の二重の意味でスクリーンとしてのオブジェクト。影とは太陽の視界の残余であり、そこにおいてオブジェクトは自らの内で細かに分裂している。太陽と一対一で差し向かう限りでの自らを、太陽の目に向けて余す所なく照り輝かせながら、その裏側では微細な陰影の経済が自己のあらわれを無限に引き延ばしている。太陽の目を盗み盗み、その引き延ばしのうちにあるのがこの世界だ。






2020年11月5日木曜日

20201105 花道、花街、青梅の味

10:00 現在、コーヒーはすでに二杯目、昨日買ったエチオピアのナチュラル。

口にした途端、液の重さがふっと消えて、 細いスリットから差す光のように、舌の上に一すじの道が走るような感覚。そして闇に目が慣れていくように、開演を待つ客席の熱気が静かに高まっていくように、そのランウェイを中心に、次第に、思い出したとでもいうように、さまざまな印象がじわりと浮かぶ。吸水中の粉からすでに漂っていた、少し青臭いマンゴーか何かの酸味。重い木のテーブルにグラスがことりと置かれるような、静かな苦味。砂糖が水分を吸ってさらりとほどけていくようななめらかなテクスチュア。


今朝の朝食、ご飯と、なめこ、大根、高野豆腐の味噌汁は昨日の残り。加えて厚焼き卵。一時期どうしてもくっついてしまうようになり、作るのをやめていたのが、最近久々に試してみたらまた綺麗に焼けるようになっていた。卵焼き器の方が拗ねていたのかもしれない。

昨晩炊いた玄米は、浸水を忘れていて、せっかくの塩鮭があるので譲れず久々に引っ張り出した圧力鍋でごり押しで炊いたところ、お赤飯もかくやのもちもちに仕上がったのがおもしろく、笑ってしまった。水分量も適当に米と水とを1.5カップずつで、強火スタート、加圧後弱火の20分、放置10分みたいな感じだったのだが。せっかくだししばらくこちらで炊いてみようと思う。中身を確認出来ない点、圧力鍋は闇鍋だ。


もはや主食の座を奪っていた煎餅やらを食べるのをぱたりとやめてひと月あまり、買い出し時の出費が意外なほどコンパクトになり、食事を用意する時の気構えもいい意味でテキトーになった。疲れ切って帰った昨日もほいほいと汁物まで用意したのだから、我ながら立派なものだ。


昨日出たのはまたしても上野のほうで、着いてまず寄るつもりだった店はまだ開店30分前で、待つ間に向かったビタールはなぜかシャッターが下りていた。遣る方なくずらずらと足を引き摺り東に向かう。

手摺り越しに差し向かう隅田川の水面はいつも私のへそぐらいまでぐっと高く競り上がって見える。秋の日射が川面に落とす両国橋の影は対岸には冴え冴えと、此岸に寄るほどに境目を波にほどかれて色々のモザイク細工のようだ。陽が差し込む側に回ると、川の鏡面が橋に翳されて押し黙ったところに水中からの光が浮かび上がり、そこだけ古いガラス瓶のように藻緑色で。水の重たさ。


蔵前のアンビカで諸々の食材を調達する。5kg入りのバスマティが格安で、余程ひっ提げて帰ろうかとも思ったが、断念。値札のない、ピンポン玉よりひとふた回り小さい何かの果実か冷蔵庫に山積みになっていた。微かに梨肌の黄緑色の果皮は薄く、透き通っており、中に液胞を抱え込んでいるかのようだったので注意深く摘み上げたが、思いの外丈夫なようだ。以前とあるコーヒーのカッピングコメントにあったセイヨウスグリに少し似ているな、と思いつつ、おそるおそるふたつをかごに転がした。


当初は隅田川沿いを三ノ輪方面に歩けたらと(永井荷風ルート)思っていたが、先に果たせなかった予定を済ますべく、上野へと引き返す。ビタールはやはり閉まっていた。これからどうしたものかと思ったが、不忍池にはまだ蓮の葉が残り、そういえば駒込あたりにまだ通販でしか利用したことのなかいコーヒー屋があったことを思い出し、そこに寄りしな歩いて帰ることにする。結果として上野から3時間近く掛かった。5kg入りの米袋など買わないで良かったと思う。


外出した日の夜はいつも不思議と時間がある。夜寝る前、永井荷風の『すみだ川』を読む。永井のかなり若い頃の作品で、書いたのは明治42年(1909年)のこととある。明治42年といえば、荒川(当時はそのほとんど全流が隅田川に注いでいた)流域を水浸しにした明治40年洪水の直後であり、また翌年には(翌年着工の荒川放水路建設決定のダメ押しになったであろう)明治43年洪水を控えている頃だ。永井自身は序文中でこれらの洪水に直接言及してはいないけれど、急速に移ろいゆく江戸-東京の風景の水際としての川という場所感はこの時点から既に強くあらわれている。

ところで作中の主人公のひとり、若い長吉は、芸者修行に葭町(現・人形町付近)へと移り住んだ幼馴染のお糸の影を追い、今戸橋(山谷堀の隅田川との合流点)の自宅から隅田川沿いを延々下っていく。葭町はかつて元吉原があった地で、1668年に吉原が現在の浅草裏に移ってからはそこに芸妓が移り住み、戦後しばらくまで花街として栄えることになる。

普段東京にいても意識することはほとんどないが、こうした花街、廓街の跡地(というのは、しばしば政府の命によって街ごと作られ、街ごと移転された跡地)は案外あちこちに残っていたりする。

またしても話は戻って昨日の上野の帰り、東京大学裏の入り組んだ住宅街を分け行った先、根津神社の鳥居に行き当たった。それまでは聞き齧ったことがあるばかりだったが、このあたりにもかつて根津遊郭という廓街が広がっていたらしい。吉原大火の際には逃れてきた吉原の遊女も受け入れたが、東京大学の近辺ゆえに問題視されたこともあり(東大の出の坪内逍遥の妻はこの地で見染めた遊女)、1888年には東京湾の埋立地に構えた洲崎遊郭へと移転を命じられる(『濹東綺譚』の主人公はこの洲崎遊郭を舞台にした小説を書いたことがあるとの描写があった。『元八まん』中の永井も、電車(城東電気軌道?)の洲崎大門前で下車して遊郭へと帰っていく遊女を目撃している)。こちらも現在ではその街区割りを残して他には見る影もないことは言うまでもない。


読み終わった頃には0時を回っていたが、今朝は案外普通に起きて、朝食をとり、コーヒーを試し、晴れていたのでぬるま湯でぬいぐるみを洗った。


アンビカで買った果実は、レシートの印字には「amla」とあった。調べると、和名をユカン(油柑)といい、主にインド圏で食用に栽培されているらしい。スグリとは全く関係がなかった。包丁を入れると想像よりも遥かに固く、ざらりとした感触で、中心に種があるらしく、これが固くて割ることもできず、またリンゴやアボカドを剥くときのように捻って種を外すことも出来ない。仕方がないので直に齧り付くと、皮と実に境の無い、細目の紙やすりのようなザラリとした歯触りで、歯切れは非常に悪い。そして強い酸味と渋み。問題の種と実とはしっかり絡み合っている。あえて例えるならば、とても若い青梅の、実の部分を全て突き固めた皮に置き換えたような感じだろうか。歯触りの悪さゆえ、スライスするのが適当かと思う。インドではおもに漬物(ウールガイの類だろうか)にするという。

外からは焼かれたアスファルトの臭いが漂ってくる。スコップを震わせる振動が大なり小なり、不規則にぶつかり弾けては鉄板をジタバタまだらに鳴らしている。










2020年10月25日日曜日

20201025 残り味、分布、浸し

10:00 現在、コーヒーは一杯、ケニアのウォッシュト。少し風味が落ち着いてきた。一瞬ハーブ入りのソーセージのような香りを聴いた気がする。

寝過ごした。起きたら陽が久々にさっくりと差しており、ここぞとシーツを洗って干した。なんの夢を見たのだったか、何か薄汚れた雨合羽、ハリと折れ、を、リノリウム張りの廊下で被った気がする。体育館のステージの、遠く天井から真下に垂れ下がる重い幕が音をよく吸収する暗がり、丈夫で表面のつるっとした工作紙(なんと呼ぶのだったか、図工の時間、前の席から順々に回されてくる、溶着ポリ袋に封じられた紙束のしっとりとした重みが、私には光だった)のような色彩の質感が踊る、鈍く眩い照明機材、対照に呑気にのっぺりだだっ広い板張りの床面。近頃小中学校時代の記憶の断片が入り混じって起床前数十分の脳裏を駆け擦り去っていくことがよくある。

上履きの足音に笑われて起きるその8時間前のこととてまた同じこの畳の上のこと、昨日はいくつか面白い記事を見つけてサーフィンだった。


一つ目、「ECXとは何だったのか?日本の功罪」

https://coffeefanatics.jp/ethiopian-commodity-exchange/

2008に設立されたECX(The Ethiopia Commodity Exchange)の采配のもと、エチオピア全域のコーヒーチェリーの大部分は国内9つの集積所に集約され、それぞれの中でグレード付け、ロット形成されて流通するようになった。コーヒーチェリーの流通の透明化と効率化のための施策とのことだが、他方これは地域ごとの特色を重んじる農園や業者にとっては冬の時代の訪れだったと言う。

著者によれば、その背景には、同国のコーヒーの最大の売り手であった日本が2006年に設定した輸入品の残留農薬規制によるコーヒー輸出の不振があり、先のECXの施策の主な目的はむしろ流通の効率化による外貨獲得に向けられていたという話。

たまたま今朝のこと、検出されたオクラトキシンを理由にケニア産のコーヒー豆が日韓で受け入れ拒否されたとの記事が流れてきた。あるいは先の記事もこれを念頭に書かれたものだったのかもしれない。

「Kenyan coffee risks losing global appeal on chemicals」(2020 10/6付けの記事)

https://www.businessdailyafrica.com/bd/markets/commodities/kenyan-coffee-risks-losing-global-appeal-on-chemicals-2458028


二つ目、「色:ヘキサコードから眼球まで」(全3回) 

https://postd.cc/color/

簡単に三原色なんて言うけれども、人間の網膜に並ぶ三種類の錐体細胞をそれぞれ励起させる周波数の分布と、RGBやらXYZやらの色空間を構成する各軸と、ディスプレイに敷き詰められた三つ一組のサブピクセルに設定された分光分布は、それぞれまるで異なるものであり、それらは決して互いにシームレスに変換されるものでもない。そんな込み入った話題を逐一説明しつつ、最後にそこに「ヘキサコードから眼球まで」という一本のストーリーを通して、スピード感をもってまとめられており、気持ちよい解説。


あとはエドガー・ダイクストラ Edsgar W. Dijkstra の名を知った。最短経路問題の有名な解法、ダイクストラ法の考案者。また、プログラミングにおけるgoto文除去運動の発端を作った人。構造化プログラミングの父。空想上の企業、Mathematics Inc. 会長。それはそれとしても、Dijkstra、堤防のそばに住む者。良い名だ。英語における「dike(堤防)」に相当する語はオランダ語で「dijk」と綴られる。そもそもこの語自体、ノルドの血、フリースラントの低地特有の泥臭さを強く匂わせる語だ。


私は言語能力が著しく低く、訓練のためもあってこの日記もこうして書かれているわけであるが、まあおそらく一歩先、一歩前との関係の中で書くことができないのだと思う。すでにまとまりをもって完成してある文章を要約するのもかなり時間がかかる。

明日の日記は「昨日は日記を書いた」になりそうだ。体調はあまり良くない。腹と脳天とが細長くて濁った綿飴で貫かれているような気分。


冷たい煮干しと高野豆腐を食んだ。冷たい食パンを噛んだ。ベジマイトを舐めた。そうした履歴。




2020年10月22日木曜日

20201022 青、無、青

 10:00 現在、コーヒーはすでに二杯目。ケニアとグアテマラのウォッシュト、いずれも少し残った豆の混合。

前者は以前4種詰め合わせを注文した際にサンプルをおまけして頂いたもので、昨日開封したもの。「華やかな酸」という形容からなんとなくシトラス系を想像していたのを裏切って、口に含んでまず浮かんだのがブドウを思わせる酸で、ただし赤ワインのような芳醇さに向かうのではなく、ブドウジュースとか、時々むしろレーズンとかを、とびきり上品に、しかしやんちゃに、香らせたような印象だろうか。それでも何かとり逃すところが大きい、商品紹介には「パイナップル、ルバーブ」とあり、ルバーブは食べたことがないのだけれど、その形容はこのあたりに掛かっているのかも知れない。

今朝はそれを桃を嗅ぐようなグアテマラとあわせたので、ブドウの酸味がクロマトグラフにかけたみたいな解かれ方をしてちょっと面白かった。


そうこうするうち、先日ブルーボトルで注文した豆が届いた、やはりケニアの、Kiambu Karinga のウォッシュト。それにしても久々の対面受け取りの気がする。サインまでした。この時勢でたしかに食材以外で実店舗を利用する機会はほぼなくなったとはいえ、置き配やサインの省略もかなり一般化したし、そもそも買い物自体を最小限にしていた。経済的な動機もあるし、これ以上の物流の負担に加担したくもなし。コーヒー豆の購入も極力ゆうパケット配送のものにしていたので、豆の詰まったマチ付き袋一つに、余った空間を緩衝材で埋めて届くブルーボトルの小箱を見て、少し笑ってしまう。ブランドイメージとか梱包資材の統一による効率化とか色々あるのだろうけれど、もう少しなんとかならないものか。


11:45 現在、コーヒーは三杯目。結局我慢できずにブルーボトルのケニアを開封。ああ、いかにもブルーボトルって感じだ、黒いベリーの、華やかかつしっかりとした酸味と収斂感が舌の両サイドをグッと流れて、そしてその間に、小さなペディメントみたいに、微かにシナモンというか八つ橋に練り込まれて香るニッキを思わせる香り、ロースト感。


昨日はまたProcessing を少し触る。for 文とか、random とか。色指定でRGBの各色ともに完全にrandom にしてしまうと全く灰色の世界が広がってしまうことに気付く。それぞれ個別に範囲指定するとかして偏りを与えてやらなければならない。加色混法ゆえの罠である。


「すべての電球が点きっぱなしの電光掲示板」。この喩えを円城塔はどうも気に入っていたようで、私の知る限り二度、それぞれ別の著作中でこれを用いている。情報技術とは常に地と図との間の絡み合いをいかに効果的に組織するかの試行錯誤であり、死の予感を背負っている。

ややもすればホワイトアウトへと至りかねないチキンレースの途上で、私たちは色彩の乱舞に色めく。踊り狂えよ、しかし節度を持って。


無を一つのキャンバスに、それを背にして有をチラつかせれば情報の電達が可能になるとして、課題となるのはその無の広がりそれ自体をいかにあらかじめ定義し、提示しておくかである。無を以って無を送ることはできないのであり、ブルーバックの前でブルーバックの実演販売をしようとするのは困難である。仕方がないので無は適当な太さの輪郭線で縁取られ、そこは無と有が厄介に入れ子状をなした紛争地帯として放置されることになる。

両者をネガポジ反転してみたところで話は同じなのであって、無の中に空いた穴としての有の輪郭を拡大してみるとアンチ・エイリアスやらモスキート・ノイズやらでぶよぶよと気色悪い。


ミニマリズム彫刻の(そのほとんど戯画化された限りでの)展示風景が、最大限の嘲笑を以って提示しているのがまさにこのような状況である。すなわちホワイト・キューブ状の部屋の中心に放置された、ひとまわり小さいもう一つのキューブ。ここでかたや「部屋の外部」と、かたや「空虚な立方体」という、二つの無に挟まれた、て、実にどっちつかずに虚しい「室内」という座を、なすすべなく右往左往するばかりの観客という存在の馬鹿馬鹿しさよ。


さきのブルーボトルのケニアはとうに冷め切っている。舐めると、何故か唐突に、Shake Shack だろうか、ハンバーガー店の記憶が閃いた。ベリー。肉汁。ベリー。いかにもアメリカ都市民らしいパンチ・ラインではあるまいか。