2019年6月29日土曜日

*この期に及んで夏休み日記:その10* 届かない電子メルマガ(前編?)

前回少し書いた欠如についての話題とも少し関わる話なんですけれど、

私、コーヒー定期便というものに登録しておりまして。毎月2回、二種類のコーヒー豆が届くのですが、加えてそれと同じタイミングでメールマガジンが送られてくるんですね。

送られてくるはずなんですけれど、どうも私のアドレスが先方のシステムと相性悪いのか、時々メルマガが届かなかったりして、先方にメールしてメルマガの内容をコピペで送り直してもらったり(もちろん内容もフォントもレイアウトも同じ、ていうかメルマガなので内容しか無いんですけど、やっぱ「そうじゃないんだ」って感じしますよね)してて、ちょっと辟易してどうしたもんかと思っています。

で、本題ですが、そもそもなんでメールが「届いていない」ことが私にわかるのかという話です。

「届いている」ことを知るのは簡単です。手元に現物が現にあるのですから。しかし届いていないんだから手元には品は、ということは「届いていない」ことを示す証拠が、というよりそもそも「届く/届かない」という評価の契機それ自体が無いわけです。

実際どうしているかというと、私はその契機を、この郵便交渉の外部から輸入しています。具体的には、毎月第二・第四水曜日がメルマガ配信日だという知識であったり、またその日から2日ほど遅れてポストに届く、豆の入った小包であったり。そうした言葉によって、いわばまず最初に「メルマガ配信日」という埋められるべき「空欄」を構築した上で、その充填が不順に終わったとき、そこに「欠如」が見出されるという順序です。

小学校の算数の時間にでも、次のような問題を出されたことはないでしょうか。


1時には1回、2時には2回、以下12時まで同様に鐘が鳴る時計台があります。さて、

問題:今が6時だとわかるのは、鐘が何回鳴ったときでしょう。


正解は6回……では無いわけですね。しかしならば7回、と答えてもやはり正しくありません。無理矢理正しい回答をあげるとするならば、次のようになるでしょうか。「6回鳴って、かつ7回目が鳴らなかったとき」と。

このような引っ掛けめいた問題も、先程のメールの不着とよく似た構図を持っていることがわかると思います。つまり、「欠如」を示すためには、その欠如を受け止める「空欄」が必要なこと、そしてその空欄は言葉によって外部から構築されなければならないこと。


私たちは例えば「一角獣の存在」の発見に注がれるそれとは比べ物にならないほどの情熱を、「一角獣の存在」の発見に注ぐことでしょう、そしてそれは報われることない情熱です(*)。


*ここでわざわざここでの議論には関係のない、より面倒くさい参照を誘うような例をあげたのは、完全に私の顕示欲ゆえです。「いかなる状況のもとでなら一角獣が存在していたことになるのか私たちにはわからない」という仕方で、事実の問題ではなく言語の問題、コミュニケーションの問題にまで遡って考えるのがクリプキの可能世界論ですが、ここでは言うまでもなく一角獣は存在できません、というか、私たちが「一角獣」について語る限り、その言葉には、その言葉がまさに示すところのものの存在の余地は残されていません(東浩紀『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』)。

 

ところで、これがかたちある手紙であれば、配達がうまくいかなかった場合は(誤配や紛失さえない限り)「転居先不明」として送信元に送り返されるので、ということはつまり送り返された郵便物がそのまま配達不順を示す記号として機能するので、少なくとも送信元にはその事実を把握できるのですよね。

たとえば最近、銀行から休眠預金に関する通知書が届いたのですけれど、「10年放置された口座の預金は公共に移管されます」との旨に続いて、「本通知がお手元に届いた場合は休眠預金等の対象にはなりません」とあり、数十秒くらい混乱してしまいました。

つまりこの通知書は見かけとは裏腹に、実は通知という機能は副次的なものであり、主目的はむしろ同法の対象となる口座の発見にあるのでしょう。そしてその目的からすれば、ここで大事なのは無事届いた手紙よりもむしろ「転居先不明」として送り返されてきた手紙、受信者の「不在」を表す記号の方なわけです。


……長くなったので中断しましょう。極力残りも後半として書こうと思いますが、「日記」なので期待しないでください。

2019年6月27日木曜日

*この期に及んで夏休み日記:その9* 今日は日記を休みます。

今日は日記を休みます。眠いので。

そう、言葉は欠如を表明することができるんだぜ。これが絵ならばそうは行かない。

ところで夢において欠如ってどういう扱いになるんだっけ、と雑な疑問を雑にぶん投げて私は寝ます。

おやすみなさい。

*この期に及んで夏休み日記:その8* 対面の暴力、それはさながらポッキーゲームのように。

対面の暴力とでも言う他無いもの。

対面は二者に、同じひとつの時間へと同期することを強制し、同じひとつの軸において関わり合うことを強制する。それは作用・反作用の軸であり、一方が動けばそれは直ちに他方へと向かい、他方は自動的にその受け手として位置づけられる。

この軸の両端に据えられた彼らは他方に働きかけ/働きかけられる一方である限りでのみ、その存在が認められ、その軸からきっぱりと切り離された挙動−−例えば余所見や独り言−−は、もはや構造的に許されていない。余所見は例えば相手の話への無関心のサインとして、独り言は例えば相手への何かしらの仄めかしとして、この対面の軸の内に直ちに読み替えられてしまう。

このいわば強制的なアイ・コンタクトの場において、両者の間に空間は存在せず、ただぴったりとコンタクトした二者の応酬の接点があるだけだ。

それはさながらポッキーゲームのように…。



2019年6月26日水曜日

*この期に及んで夏休み日記:その7* 日記が書けない

しかし本の頁にしてたかだか1、2頁の文章を書くだけのことにどうしてこうも苦戦しているかって、まあおそらく端的に言って「上手いこと言ってやろう」と思ってしまうからなわけだ。

読む側にとって面白いとか為になるとかいったことではない(そんなことは正直どうでもいい)。「上手いこと」というのは、単に事実の外観を記述するに留まらず、その記述を何らかの形で出来る限り圧縮することと言えるだろう。それは目下の話題を他の話題に関連付けるのであれ、より高次の議論の一事例として分類するのであれ。「一を聞いて十を知る」とはよく言ったものだ。

画像であれテキストであれ、そのデータに「パターンがある」とは、そのデータがより効率的に圧縮可能であることに等しい。「whdicvjo」と「tttbgggg」というふたつの文字列では、例えば「t3b1g4」といったように圧縮できる後者のほうによりパターンが認められるといえる。つまりより「乱雑さに乏しい」わけだ。

ちなみに「複数著者によるテキストを一緒に格納したファイルよりも同一著者による複数テキストを格納したファイルのほうが圧縮率が高い」ことを利用して文章の筆者を推定できる、という変態的な実験結果も存在する。
(「ファイル圧縮技術の応用でテキストの筆者を推定」WIRED.jp 2002年2月8日
https://wired.jp/2002/02/08/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB%E5%9C%A7%E7%B8%AE%E6%8A%80%E8%A1%93%E3%81%AE%E5%BF%9C%E7%94%A8%E3%81%A7%E3%83%86%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%AE%E7%AD%86%E8%80%85%E3%82%92%E6%8E%A8%E5%AE%9A/ )

しかし少なくとも当ブログがひとまず掲げた粗製乱造の目標に照らす限りでは、この執着が裏目に出ていることは間違いない。経験と知識のストック、そして思考と文章力に長けた人ならば日記の数行であれTwitterの140字であれ、そうした圧縮を瞬時にやってのけるのであろうが、そのどれも満足に有しない私にはその前段階からはじめる他無い。

圧縮される限りで有益となりうる記述の、そのあるかもしれない圧縮に未だ浴していない・圧縮を未だ能くしていない、単なる記述からはじめる他無い。

読むのに100年掛かる100年史の記述に甘んじなければならない。


2019年6月22日土曜日

*この期に及んで夏休み日記:その6* 小さな写真(の群れ)

早速更新を二日間もさぼってしまった。あまりに眠かったのだ。どっか行って帰って片付けしてるともう寝る時間ですよね。


昨日は東京国立近代美術館のコレクション展を見た。
割りと何度も見に来てはいるはずなのだが、今回は意外と真新しい作品にちょくちょく出会って新鮮だった。
『モダニズムのハード・コア』で岡崎乾二郎が論じていた、アンソニー・カロのテーブル・ワークも見られたし、いつの間に収蔵していた横山裕一の原画や高柳恵里も見られた。

気になったもののひとつが伊藤義彦による一連の作品だ。
ハーフサイズカメラ(通常の35ミリフイルムの一コマ分を更に半分ずつ使う。2倍の数撮れてカメラ本体も小型化できる)で撮影したフイルムまるまる一本分を並べてそのままのサイズで印画紙に焼いた、いわゆるコンタクト・プリントなのだが、各ショットが印画紙のどの位置に配されることになるかを把握し綿密に計画の上、撮影されており、結果として出来上がった写真の配列は全体としてとてもリズミカルな効果を持った一つの画面として構成されることになる。


ところで私は昔から、小さい写真というものに何となく惹かれてしまう。たとえるならそれはあたかも植物の組織のようではないだろうか。縮小されて焼かれた像の、色彩と形態の間の差異もろとも押しつぶしてしまいそうな光の凝縮。その粒子の一粒一粒が像を、光を、その凝集の内に孕んでいる。


思い浮かぶ写真の経験をいくつか上げておこう。

まずは早稲田大学の會津八一記念博物館でみた「写真家としてのル・コルビュジエ」展での、コルビュジエ自身による写真のコンタクト・プリントの数々。
小さなプリントの矩形を更に内に反復するような建築物の窓の連続。
トリミングやホワイトバランス等の調整の指示が書き込まれているのも良かった。

最近では東京都現代美術館「百年の編み手たち」展に出展されていた、柳瀬正夢による満州の風景を写した写真。
展示方法が興味深く、それらの写真が正方形のガラスケースに、碁盤の目に合わせるように縦横に並んでいる。写真自体は小さい版の長方形で、それをあるいは縦に、あるいは横に使って撮影したものが入り混じっていおり、しかも写真は経年故か長手方向に、あるいは対角線方向に反り返っているのだが、上述の並べ方故にそうしたノイズがむしろリズミカルで小気味よく、今思えばそれは伊藤義彦の作品を見たときの印象とよく似たものだったかもしれない。  


参考

国立近代美術館 所蔵作品展

會津八一記念博物館 没後50年「写真家としてのル・コルビュジエ」展

東京都現代美術館「百年の編み手たち -流動する日本の近現代美術-」

白井かおり「[翻刻]柳瀬正夢「満洲日記」(一九四二年)」、『フェンスレス オンライン版 創刊号』、占領開拓期文化研究会

「写真の上の植物、あるいは像の最小」

2019年6月20日木曜日

*この期に及んで夏休み日記:その5* 「フレーム」類語虫干しの儀

※この文章の大枠は昨日深夜に書かれた。「今日」とはしたがって6月19日を指している。


今日は表参道画廊及び同じ建物内のMUSEE Fで開催されている、多和田有希・原田裕規「家族系統樹」を見てきた。

原田裕規さんといえば著書『ラッセンとは何だったのか?』(2013年、フィルムアート社)が有名だが、近年は自作品の制作・展示も精力的にされている。

原田さんが著述や作品でしばしば扱うアーカイヴやフレームと言った切り口は私の関心にとても近いものであり(一昨日書いた東京インディペンデント2019の出品物 https://nanka-sono.blogspot.com/2019/06/3-ikea-tokyo-bay-2019.html もこの流れだ)、今回の展示もやはりそうした視点から興味深く拝見した。

展示については日を改めるとして、それに向けた自分宛の準備も兼ねて、ここでは美術における「フレーム」にまつわる類義語たちをメモ書きしておきたい。

 

パレルゴン parergon

par(傍ら)+ ergon(作品)

元ネタとしてはカント。作品にとって付随的なもの、というくらいの意味で使われ、「絵画における額縁、彫刻における衣服、建築における列柱」がその例として与えられている。後年デリダが『絵画における真理』でこの記述に茶々を入れたことから有名になった。

日本では藤井雅実が画廊「パレルゴン」を主催したことでも知られる。


オードブル hors d'œuvre

hors(外)+ œuvre(作品)

食卓での用法は、メインに付加的なもの、ということなのでしょう。

当ブログのタイトルであることでも知られる。


補綴具 prosthesis

pros(付加)+ thesis(置く)

補綴具とは例えば義足や義眼の類。
thesis は「テーゼ/アンチテーゼ/ジンテーゼ」のテーゼに同じ。
仮説 hypothesis、挿話 parenthesis、合成 synthesis あたりの親戚たちと並べるとアガる。


パス・パルトゥー passe-partout

どこでも行く、くらいの意味らしい。
写真を額装するとき、額縁と写真の印刷部との間にある余白を埋めるように挟まれる、真ん中に窓の空いた厚紙のこと。

ちなみに『八十日間世界一周』で資産家フォッグに付き従ってともに旅する執事の名前がやはりパスパルトゥーだとつい先程知った。何が何やら。


取っ手

額縁とは、イメージを操作するときの取っ手に他ならない。

これを示唆する(確か明言はしていたかどうだったか)のはゲオルク・ジンメルによるいくつかの小論である。

彼はその名も「額縁」という素晴らしく明晰な小論を書いているのだが、そこで彼は額縁をぶつかり合うふたつの原理の均衡の場として、建築工学的に描写している。

そして彼はまた「取っ手」という文章も残しているのだが、この小論における「取っ手」の説明が、額縁を語るときのそれとほとんど同型なのだ。というかジンメルの関心の中心が基本的に「内と外との緊張関係」にあり、それが額縁や取っ手、扉といったものに見出されたということなのだろう。


動く付帯物 Bewegtes Beiwerk

アビ・ヴァールブルクの概念。美術作品が強い情念を表そうとする際に時代や地域を超えて現れる「情念定型」の一つの形、といった感じだったと思うが。揺れ動く毛髪や衣服の表現。
仏訳がどうなるのかは確かめていないが、「Beiwerk」はおそらく「by-work(作品の傍ら)」であろう。

この「付帯物」に上で見たような「フレーム」性を読み取ってみることはあながち見当違いでもないように思う(きちんと追っていないので断言は避ける)。

現代の美術作品でも、特に美少女キャラ表現において、髪は強力なフレームとして機能している。

個人的には映像作家の佐々木友輔さんによる「揺動メディア」論との親近性を予感している。


まだまだいくらでもあろうがひとまずこの辺で。




2019年6月19日水曜日

*この期に及んで夏休み日記:その4* ネズミたちとともに

ここのところずっと見かけなくなっていたネズミが最近また現れだした。


以前のネズミたちによる被害は深刻だった。まず部屋の入口ドアの枠の木製の部分が齧られ、ネズミの背丈分がほぼ消失した。

米、豆、野菜、ティーバッグ等、室内にある食品という食品は齧られぶちまけられた。

袋入りの食品、プラスチック容器や油の瓶の蓋も破られ、プラスチック片が散らばった。

芽が出はしまいかと水につけておいたアボカドの種も齧られた。

糞尿は撒き散らされ、夜な夜な台所から聞こえてくる物をかじる音、何かをひっくり返す音、足音や鳴き声に精神をすり減らした。


対策として、何よりもまず食路を断つことを最優先にした。ゴキブリと比べれば体はずっと大きいのだから、生存には餌もたくさん必要なはずだ。

食品は袋のまま放置するのはもっての外。中身を瓶等に移すか、食品庫代わりの電子レンジに収納するか、袋のまま1キロ入りのキムチの容器に仕舞い、蓋を破られぬように蓋を下にして置いた。油のボトルも蓋を噛まれないように常に紙袋等を被せた。

ネズミの登りやすい地形、歯を立てやすい形状などもなんとなく見えてきた。

ネズミの環世界を除くような気分だった。


それらの功のほどは不明だが、いつしか我が家からネズミの気配は消えていた。


今いるネズミたちは一体何をしているのだろうか。対策が今なおそれなりに維持されている我が家では、決して満足に食料を調達できるとは思えない。

今のところ何かを噛んだ痕跡も見当たらず、行動範囲も狭く、振る舞いもどこかどんくさい。一匹は屑籠に入り込んでいる現場を押さえられ、そのまま丁重に玄関先に放り出された。

それでも確実に精神の平和は脅かされている。

2019年6月18日火曜日

*この期に及んで夏休み日記:その3* IKEA Tokyo-Bay でふりかえる東京インディペンデント2019

IKEA Tokyo-Bay に行ってきた。

立川店以外のIKEAは初めてな私は、入口ホールでいきなり衝撃を受けることになる。

店内に入ってすぐのところに、売り場の平面図がはっきりと掲示されている。これはIKEA立川にはないものだ。




ここでIKEAでの作法をご存じない方向けに説明しておくと、IKEAの店内は大きく3つに別れている。主に大型の家具類が並び、実際に試すことができる「ショールーム」、小物類が陳列された「マーケットホール」、そしてショールームで試して気に入った商品をピックアップしてレジへとはこぶ「セルフサービスエリア」だ。

商品が種類ごとに分類され、整然と並んだ巨大な倉庫である「セルフサービスエリア」とは違って、「ショールーム」と「マーケットホール」には無数の商品の間を縫うように巡らされた順路が設定されており、基本的には客はそれに従ってすべての売り場を巡りながら買い物を進めることになる。

さて、この平面図の存在がなぜそんなに大ごとなのかだが、今年の春に開催された「東京インディペンデント2019」に私が出品したもののうち一点、「展示会場のプラン IKEA立川の地図」が、まさしくIKEA立川店のショールームの平面図として作られたものだからだ。

良い機会なので、この場を有効活用して「東京インディペンデント2019」について簡単に振り返っておこうと思う。

同展は今年2019年の4月18日から5月5日にかけて東京芸術大学の陳列館で開催された、その名の通りいわゆるアンデパンダン展であるので、当然申し込みさえすれば身分を問わず誰でも出品することができ、出品者は最終的に634名に登ったらしい。

今回私が出品したのは以下の三点である。

・「半自立絵画のプラン」
・「自立絵画のプラン」
・「展示会場のプラン IKEA立川の地図」

・「半自立絵画のプラン」



まず「半自立絵画のプラン」だが、外観としては看板、それも恒久的なものではなく、しばしば街中の電柱やガードレールなどに無許可で設置され、そのまま強制撤去されるのを待っているような使い捨てのもの、いわゆる「ステ看板」というやつである。いかにも貧弱そうな角材をタッカーで荒っぽく組んだ木枠に、本来は広告が印刷されたビニルシート等が張ってあるのだが、これは代わりにキャンバスを張ってある。

ちなみにこの木枠は実際にステ看板を作っている業者さんに発注したもので(本体よりも送料がとにかく高くついた)、キャンバスは世界堂で買ってきたもの(めっちゃ高かった)を自分で張った。

その構成要素という点で油絵でしばしば使われる木枠キャンバスと大枠は共通していながら、権威とは無縁のその扱い、そして何より自らの脚で「半自立」する姿に昔から興味をひかれていた。

・「自立絵画のプラン」


半自立があるなら自立もないといけないだろうと作ったのが、次の「自立絵画のプラン」だ。IKEAで買ってきたフォトフレームを、包装だけ解いてある(後ろの脚が出せるように)。それだけだ。

ちなみに少し大事な点として、フォトフレームはそれが商品であるうちは大抵、本来写真を(すなわち作品を)収める部分に商品名やサイズ等が印刷された紙切れが(すなわちキャプションが)封入されている。さらにIKEAの商品の場合、そこに使用例として写真を収めたフォトフレームそれ自体の写真が刷られており、結果として画中画(mise en abyme=深淵にする)のようになることになる。


・「展示会場のプラン IKEA立川の地図」



最後に「展示会場のプラン IKEA立川の地図」。IKEA立川の「ショールーム」の平面図を歩測によって推測し、その結果をIKEA店内に備え付けてある紙メジャーに写し取ったものだ。美観と保管の観点から、やはりIKEAの商品であるディスプレイフレームに封入してある。

これはもとはIKEAの順路式の売り場設計が美術館の展示空間のそれとよく似ているな、という考えがもとになっている。物語りと足取りの継起性の結果としてのシーケンシャル・アクセシビリティと任意の一作品に効率的にたどり着くためのランダム・アクセシビリティの要請とを両立するための、つづら折りのあちこちを抜け穴で繋いだ空間設計。

先述の通り、IKEA立川の場合、売り場の平面図は店内に一切掲示されておらず、あるのはただ駅の停車駅表示版のような、数直線化された行程図のみである。IKEAはそういうものという認識のもとで作られたのがこのプランなので、船橋で入店するが早いかすでに出来上がった平面図を見せられたときには正直少し裏切られた気さえした。これが驚きの原因である。



さて、これら三点の関係だが、まず名前的には「半自立」と「自立」があからさまに兄弟である。しかし外観的には「自立」と「地図」がIKEA製品つながりで類似し、また手間数としては、ほとんどレディメイド同然の「自立」との対比で「半自立」と「地図」とが浮き上がり、偶然とは言え程よく三すくみ状態になっている。

また三点のいずれも「プラン」として統一しているのは、言うまでもなく「平らな面 planus −案 plan −平面図 plan −無垢 plain」といった親族関係を意識してのものだ。

「プラン」などと呼んでいることからもわかるとは思うが、これらは美術作品として出品したものではない。あくまでも展示の形を巡る試案という扱いだ(いちおう「作品」のような危うい語を使うのは避けるようにしている)。

パレルゴン(par-ergon 作品の−傍ら)を巡る一発ギャグ三連発といった理解で一向にかまわない。



参考リンク

「イケアストアでのお買い物方法」
https://www.ikea.com/ms/ja_JP/customer-service/about-shopping/how-to-shop-at-ikea/index.html

「東京インディペンデント2019」公式ページ
https://www.tokyoindependent.info/

買ってください
https://twitter.com/10aka_/status/1125373972743200769

2019年6月17日月曜日

*この期に及んで夏休み日記:その2* 脈絡が無い

 
気紛れで環七沿いを西新井大師へと歩いていた道中、突如知人から連絡があった。日暮里・舎人ライナーに千代田線を乗り継いで、六本木に向かう。 

彼は「技術書を小説のように読んでしまう」自分を愚痴っていた。それは多分こういうことなのだろう。個々の文の意味することは見て取れる。次に進むと、やはり見て取れる。以下同様。しかし結果として個々別々に見て取られた風景は、ただバラバラに併置されるばかりでその間をつなぐ脈絡が掴めない。

スクリーンに映し出されるひとコマひとコマは見えているつもりだが、それらがひとつづきのアニメーションとして結果しない。

ともに見慣れた場所である足立小台と西日暮里の風景は、それらを結ぶ日暮里・舎人ライナーの乗車の経験によって滑らかにモーフィングされたりなどはしない。私は気付いたときにはどうやらもはや足立小台のそれとは呼べない風景の只中にいるし、また気付いたときには普段西日暮里のそれと呼んでいる風景の只中にいる。



あるいは夕刻、六本木を離れ、私たちは明治神宮外苑を新宿方面へと歩いていた。昼から夕へ移ろう空にiPhoneのカメラを向けてはこの美しいグラデーションを写し取りたい、いっそのこと今脳に受けた光景をそのまま印画紙に焼きたいという彼の無念には大いに共感するものの、実のところ仮に技術的にそんなことが可能であったところで、いざ吐き出されてくる画像は大したものではないだろうなと思う。

私がひとまず感じているらしい視覚イメージ、私がそれを感受する限りでのみ存在するそれは、たとえば夕暮れの空の紅から漆黒にかけての推移を、正に実に推移として表現する。というのはつまり、まず両端にそれぞれ紅と漆黒とを配した上でそれらの間を割っていくような後付けのグラデーションではなしに、その両端が何であれ、ともかく今目を瞑って画面をなぞる指先に感じるような推移であり、微分計算で0へと漸近する極限に逆立つ矢印の毛並みの感触であり、それはいざ始点も終点も一挙に一画面におさめようとカメラを向けた途端、押し黙ってしまうものなのだ。

切れ目ない町並みの見えの移ろいの只中にも、望むならば私たちはその都度一枚の絵葉書を切り出す事ができる、そう思いがちだ。しかし素晴らしい町並みに出会い、この感動をぜひとも形に残しておこうとカメラを取り出したは良いがいざ撮ろうとすると特別撮るべきところも見当たらない。撮ったところでその町並みの確かに感じた魅力はしかしどこにも写っていない。画角が狭かったのかしらんとパノラマや全天球カメラを試したところで印象はいよいよ散漫にぼやけるばかりで像を結ばない、そうした経験は誰にでもあるだろう。

それでもそれを撮ろうとするならば、その継起を適当な間隔で輪切りにした上で、それらを斜め上から撮ることになる。時間を空間に投射するのだ。

例えば新宿南口から西新宿一丁目交差点へと下る通勤者の群れや原宿駅から見下ろす竹下通りの買い物客に観光客が喜々としてカメラを向けるのは、確実にそのスポットの地形ゆえの現象である。東京の人混みという継起的な経験が、大きな高低差という地形的条件に助けられて、ひとつの見世棚に陳列され、印画紙へと曝け出されている。

あるいは一まとまりの経験を一つの単位として、一つのコマとして、他の経験=コマとの関係の内に配置する。これは「六本木」の風景、これは「青山霊園」の、これは「明治神宮外苑」の、これは「新宿」の……。以上は命名法に一貫性はない。それでも別段問題はない。その都度その都度の仮留めの群れがある、そのことが重要なのだ。

ところでやはりその日行った根津美術館の庭園では、大きな高低差のある敷地の見通しはしかし木々や点在する庵によって周到に断片化されていた。かといって「絵になる」風景の撮影スポットのような特権的な場があるわけでもなく、散策者はひたすら奥へ奥へと横滑りさせられ、道を辿っていくことになる。風景の「ある程度」への離散化。

そうこうしている間にも私たちは六本木の雑然、霊園の暗がり、外苑の木々のざわめきを抜け、あれほどまでに青かった空は既に暗く沈み込んでいた。そう言葉で縁取ったその内実を私はもう思い出せない。

2019年6月15日土曜日

*この期に及んで夏休み日記・1* 集中力が無い

3年と少し働いた職場を5月いっぱいで引退した。転職先が決まっているわけでもなく、せっかくなので2か月ばかりの休暇を堪能するつもりだ。大学時代以来の夏休みである。

なんということだろう、もう半月が過ぎてしまった。

ただでさえ無気力なところに、引退前後に気がつけば痛み出して今に至る腰ゆえに、いよいよ何につけても文字通りに腰が重い。

しかし今日に関しては、長文タイプが何より嫌いな私がわざわざこんな文章を打っていることからお察し頂けたら幸いだが、少々成果があった。

子供の頃から私は兎角集中力というものとは無縁であって、母からはよく「あなたは尻が丸い」と言われたものだ。目前の課題に腰を据えようにも身体がそわそわして仕方がないし、目は上滑りし思考はとっ散らかりタタラを踏んで、目的地は愚か、航路に就くことすらままならない。そのくせ「集中しなくては、耽溺しなくては」という焦燥ばかりが先走って姦しく、いよいよ眠られぬ夜のごとく何もできないままに、時間はただすれ違い際ばかりを能う限り引き延ばし、いまこの時はいつまでも過ぎていかないのに、いざ振り返ればこちらの目を盗んですり抜けていった時間の残骸で死屍累々である。

集中するのはもう諦めた。むしろ最初から逃げ道を複数用意しておいたほうが有益だ。

結局今日は落書きなり楽器なり仮眠なり(毛色の異なるいくつかの)読みものなり工作なりそういった色々を10分刻みとかでとっかえひっかえしていた気がする。

「気がする」と書いたが、集中力を欠いた人間というのは過去の自分の行動についても一筋の記憶として集中化できないものなのだ。だからこそ彼には未来に向けて準備する地図だけでなく、過去を記録する地図もまた必要である。そこで今日の私は一枚の大ぶりのホワイトボードと、一冊のメモ書き用の辞書を用意した。いまこの時をその前後に向けて、少しばかり嵩(暈)張らせるのだ。