2016年12月27日火曜日

「開け」とはなにか。あるいは熱平衡のなかのクリナメン。

私が「開け」という語をしばしば、そこに全幅の信頼を預けつつ、使うようになって久しい。

この語に託した意味を、役割を、明らかにするのが誠意ある姿勢なのだろうとは思う。たとえいつまでも暫定版の断り書きを引きずることになるとしても。

強いて、極めて具体的な情景を例示するなら、夜、無心にいじっていたスマートフォンから不意に目を上げた瞬間の静けさ、耳が部屋の壁を貫き彼方まで冴え渡るあの感覚。

遠ざかりであると同時に、その遠ざかりのなかに自己を据え直す瞬間。

指向されることのなさであり、因果や運命、義務や権利等々と呼ばれるような桎梏と無縁たること、つまるところ無関心の場。

それはたとえばてんでばららに互いに明日明後日を指し合うベクトルのとっ散らかり、つまり全体としての無指向、物理学ではこれをエントロピーの最大状態とか呼び習わす。

しかしこの平衡状態を実体化前提化して語ってはならない。
あくまでも個々のベクトルはなおも一心に自らの鼻先の指し示すところを目指すのであり、はるか天から見下ろされたその帰結としての骨折り損との烙印に彼は一向に頓着することはないのだ。

穏やかに凪いだ海原はそのあらゆる部分においては常に猛り狂っているのであり、そうあることではじめてそれはひとつの場を成す。
 
その開けの場は凪ぎの場であると同時に舞い込みの場である。先にたまたま拾い上げた海原の中の矢印のひとすじ、それは私との縁なさゆえに初めて私と出会いうる。

エピクロス派が「偏奇 clinamen 」と呼ぶところの、僅かな逸れに機縁してきゅるきゅるとかぼそく螺旋を描くひとつの舞い込み。その「逸れ」もまた実体的なものではなく、観測点次第の効果的なものだが、しかしそれは確かに私と出くわしうる、その都度ただひとつの他者である。

経過報告。開けとは一方で向かい来る近隣からの開けであり、他方で他者の舞い込みへの開けである。

なにかよくわからないかもしれない、しかしそれはなんとなく、美しくはあるまいか。
「なにかよくわからない、しかしどうしようもなく美しいもの」、「開け」の要はそれで十分指し示されている、と思う。とらえどころない無形の水面から不意に私たちの胸を刺し貫くひとすじの棘、それこそが開けの内に出会う他者なのだから。

2016年12月6日火曜日

『君の名は。』、あるいは車窓というゾートロープについて。

電車に乗って窓の外を過ぎ去っていく街並みを眺める。建物の背に遮られる視界はしかし、家々の狭間、空き地、踏切等々の交じり目をたんたんと踏み越していくたびに小刻みに切り開かれる。

その束の間の明るみの中に浮かび瞬く人々の姿は、その断−続の中で結び合わされ、その絶え目は幻のようになめらかに癒合されて、あたかも私たちがゾートロープの中に見るようなひとつの映像として走り出す。私に並走するもう一人の私のように。

『君の名は。』とはそういう映画だ。彼らは東京を走る電車の窓から、なすすべもなく流れ去る街並みを眺める。その習慣は映画冒頭から中盤、そして終盤へと繰り返される。

この映画は8年という時間の幅を既にその冒頭から囲い込むようにして進行する。そのような有限化の操作によってこの作品は各瞬間の間隙が無限に引き延ばされ希薄化することを回避し、カットとカットの間隙をカットと同じく実体的なものにしている。

その間隙の間隙での、断片の瞬きとして、その有限性の、ゾートロープの円環の中で鋳込まれ癒合したその想像的・幻影的になめらかな輪郭、それが車窓の外に走る並走者の姿だ。

そんな「君」の姿は、「僕」が走り続ける限りでのみ、その断続の中で初めて、ようやく、像を結ぶ。走るほどにそれは遠退いていってしまうのだが、立ち止まった瞬間にその姿は無限の引き伸ばしの内に霧散してしまうだろう。

2016年11月20日日曜日

行きずりのバルト、ネトストするデリダ。一回性から履歴の思想へ。

 ロラン・バルトのエッセイなどを読んでいると、その当時まだ生き永らえていたらしい世界の一回性の輝きへの多幸感に満ち溢れるようで、いつもどこか眩しく感じる。

 彼が絵画、テクスト、あるいは異国の地をめぐって語るとき、彼はいつでもその場に足を運んだこの時の彼として、ただそこからのみ語り始めるのであり、それは読者との共有を、更にはすでにそこから離れた彼自身との共有を、永久に逃れ続けるであろう絶対的な隔たりの、再びの検分を許さないがゆえにいや増す一回性の輝きだ。

 喩えるなら生涯にただ一度だけ踏み入れた娼館の思い出を繰り返し語る老人の、一度きりの、行きずりの交わりの記憶を辿る、語り重ねるほどに詳細さと輝きを増していく言葉のように。

 彼が僅かな訪日の経験をもとに書き上げた『表徴の帝国』の、あの異形の、というのはつまりはデリダ形りの、日本の姿。

 あるいは『明るい部屋』で彼が母の写真との間に見出す、隔たりそのものとして取りもたれた絆、それが「それはかつてあった」であり、針穴の向こうの尽きせぬ光の溢出として輝い続けるのだ。

 それはともすれば他者の追試を排除した、言った者勝ちの言説にもなりかねない。しかし彼は、隔たりの中に浮かぶ自身の影に読者を(そして自身を)その都度乗り移らせるようにして、「再」無しで、そのテクストをぎりぎりのところで編み上げているようだ。


 バルトのそれと並べてみたとき、デリダのテクストもまたどこか過去向きでこそあれ、しかしそこにはやはり決定的な差異が横たわっている。

 彼は情報化の、アーカイヴ化の時代を、一切の隔たりは拒絶され、すべてが棚に一覧され、万人がひたすら尻に閲覧ログを引き摺って歩く時代を予感しながら生きた者だ。もはやバルトのような隔たりゆえの輝きは、たとえば過去の恋人からの facebookのともだち申請通知によって一瞬で打ち砕かれる。デリダの振る舞いは、暇さえあればかつての恋人との電子メールを、トーク履歴を、SNSのタイムラインを遡り、つぶさにヒステリックに検討検証し続けるネトスト的なものへと変わっていく。

 それ自身は既に書かれてしまっている手紙の語の、文字の、線や余白のあらゆる細部を、彼は解釈し、照らしあわせ、結び直していく。それは再検証による整合性の向上というよりはむしろ、整合性の場そのものを作り変えていくような営みだ。彼の思想の歴史修正主義とのともすればあやうい親近性もここにある。

 デリダは決して生き直さない。やり直さない。

2016年11月11日金曜日

ピクセルは自分の隣のピクセルを見ているか。

ピクセルは自分の隣のピクセルを見ているのだろうか。

ビットマップ画像を考えた時、個々のピクセルは互いに独立に、ただ自己の値だけを出力し続ける。それが全体としてどのような画像を形作っているかは知る由もない。例えば校庭いっぱいをつかって作られた人文字を考えてみても良い。個々人は今自分が作っている文字を知ることはない。

しかしもし個々のピクセルがその持ち場に全く無関心であったとすれば、例えば個々のピクセルの持ち場をシャッフルした状況を考えたとき、それでなお個々のピクセルが自己に課せられた値を吐き出すとき、上空からみたその画像は確かにめちゃくちゃであろうが、しかしこの画像はシャッフル前の「正しい」画像と何が違うというのだろう。

このような問いに、例えばゲシュタルト論が、あるいはベルクソンの「縮約」とか「記憶」とか、ヒュームの「慣習」とかを参照しうる。

が、時間がない。


また「純粋な外的規定は存在しない」と語るライプニッツに従えば、空間や時間といった外的変化は必ず個々のモナドの内的変化を伴う(「モナドは鏡である」)。これはたしかに個々のピクセルの近隣との関係の存在を言うものではあるが、注意しないといけないのはこの時ピクセル自身がその同一性に変化を被る以上、それはもはや「見ている」とは言えないだろうという点である(「見る」とはその主体の同一性を前提とする行為である)。

画像処理の分野では、画素同士の「連結性」の判別のために、「4連結」ないしは「8連結」と呼ばれる定義付けを行うそうである。すなわち、ひとつの注目する画素を想定した時に、その隣接画素(4連結ならば上下左右の4画素、8連結ならそれに斜め方向を加えた8画素)が同じ値である場合、そのふたつの画素は連続している、とする。

仕事に向かわねば。

トーマス・ルフの「ポートレート」、見るその前を遮られる肖像について。

 東京国立近代美術館「トーマス・ルフ展」会場に入ってすぐ右手壁面に5点並んで掲げられた「ポートレート」シリーズ、その魅力は「私が作品から距離をおいてそれを見ている時に、その前を他の鑑賞者の身体によって遮られる」その瞬間に最も緊張感をもって迫り来る。その源泉は被写体となった人物たちの眼差しであり、またそれと相関的なものだが、作品と向き合う私、決して鑑賞者一般へと還元できないほかならぬ「私」の存在である。

 肖像には眼差しがある。正確には、眼差しがあるもの、見る者がそこに眼差しを見出すことができるものだけが肖像と呼ばれる。そして眼差しは、驚くべきことに、たとえそれが視覚的に遮られたとしても尚もそこに残存するものだ。眼差しは常に人混みの中を、相手の無関心を、貫くものとしてある。

 そもそも肖像写真の被写体は、実のところ誰のことも見てはいない(ロラン・バルト「眼の中をじっと」を思い出す)。撮影者さえ撮影のその瞬間にはレンズの向こうへと顔を引っ込めてしまう。彼は自身に向けられたレンズ、遮蔽物であると同時に転送機であるレンズの先に、まだ見ぬ無数の人々へと、眼差しをおくるのだ。眼差しは眼(の見え)にその土台を据えているとはいえ、しかしそこからの溢出として、それ自体が確かに実在している。

 そして作品と見る者との間にその眼差しを遮らせる余地を確保するためにこそ、この肖像は大きくある必要があった。

 この状況を考えるときには眼差され眼差す主体は常に「私」である必要がある、という事実に注意する必要がある。不特定の「鑑賞者」を主語にした時には、この状況はありえない。なぜならばその鑑賞者が作品に向ける視界が遮られた瞬間、その者は「鑑賞者」ではなくなるからだ。遮りの間もその作品の鑑賞の中にあるためには、その者は作品との視覚的関係から与えられる呼称とは別の同一性、つまり自己同一性に支えられ貫かれた存在=「私」である必要がある(逆に言えば「鑑賞者」という立場は常に、無垢で無人の密室に守られて決してその作品との向き合いを遮られることのない、作品とゼロ距離で貼り付いた理想的視点として仮想されたものだ)。

2016年11月9日水曜日

「セカイ系的リテラリズム」、地球として描かれる世界について。


「セカイ系」が小説やアニメ等の作品群から見出されたものである以上、それは単にその世界観のみならずそれを示す表現類型の側から考える必要がある。「セカイ系」は二階建てであり、「具体的中間項の欠如」という世界観のレベル、そしてその作品化に際しての「セカイ」の描写のレベルから成る(「セカイ系」を「物語類型」とすることはともすればこの区別を曖昧にしてしまう)。

一般的に話題になりがちなのは前者の方なのだが、最近私はむしろ後者に関心を持っている。具体的には、「世界」または「セカイ」に対して「地球の」絵を充ててしまうようなリアリティだ。

またそのように描写される「セカイ」の親戚として、「(人間や宇宙の)歴史」として描かれてしまうところの「時間」が思い浮かぶ。

ちなみにそれが「近景」との関係で語られるものである以上、その「短絡」は「いま、ここ」の「君と僕」からの急激なズームアウトとして実現される。

このような結びつけは象徴化ですらなく、あまりに素朴にリテラルに遂行される。このような姿勢を仮に「セカイ系的リテラリズム」と呼んでみたい。

2016年11月7日月曜日

よく聞くこと。『聲の形』、無関係への開けについて。

 いくらか前から、「音をよく聞きたい」と思いつづけている。より正確には、その音の指示対象の把握の内に回収されるべくある音ではなく、いまこの私がたまたま場を同じくした限りの音の偶発性個別性、そのようなものに繊細に身を投じたいと、そう思い続けている。

 多くの場合、「よく聞く」といった時に想定するのは音源と聴取する音との間の記号的対応であったりする。例えば「後方から自転車が近づいてくる」「その自転車は二台である」「そのうちの右手の一台はチェーンにサビがある」等々、その解像度をどこまでも上げていくことはできるが、結局のところそれは聴覚における観察眼であり、ということは観察する眼=視覚へと、あるいはその他の諸感覚へと代替可能なものであり、その成果が言葉へと翻訳可能でありそして翻訳と同時に意味の中へと回収されしまうようなものである。

 素朴なたとえだが、地球に関しての知識を一切もたない宇宙人がある日上空から私の頭の上へとマイク(と私たちが呼ぶものに対応するなにか)を垂らしたとする。そこに彼が受け取る音像は指示対象が全く不明の無意味な音の量塊であろう。それが音の重なりである、という判断さえ既にその分析先についての知識に依存している(記号はその場において差異を聞き取ることから始まる)。地球への客人である彼はたまたまに選択された一点を通じて、無限に広がるどこまでもフラットな音の場を聞くのだ。

 記号的対応は能記と所記との円環の中に世界を回収し閉じてしまう。耳にした音から、会話の相手の、言わんとする、内容を、聞くだけ聞けばその瞬間に用済みになってしまうような、そのような音を私はどこか虚しく感じる。

 世界の、意味からの解放。「君と僕」の閉域を破ること。他者へと開くこと。ところで、映画『聲の形』のテーマとはすなわちそのようなものだった。無音室のようにフラットな背景の中で(本作中では空にほとんど雲が描かれず、ただすこんと平たい色面を背に自転車を漕ぐ将也が真横から描かれたりする)、通信機越しに、場所なしに、交わされる交信ではなく、例えば夜空を横切って行く飛行機の明かりのように、世界にはいくらでも手の届かないものがあり、私の耳の及ばぬところもまた常に音に満たされており、無数の「私とは関係のない人々」がいること。中盤、硝子が手話という、極めつけに対面式の言語による会話に抵抗を見せたのもこの点から理解できるかもしれない。

 将也が周囲の人々の顔に貼り付けていたバツ印は彼に対する友好の欠如の印ではない(もしそうならばその印を剥がれた人の顔は代わりにマル印で塞がれることだろう)。それはむしろ彼へと常に眼を向け続け、彼と無関係であることを許さないことの印である。

 なお、将也についてはその表現にあたってたまたま音に代表されていたが、この関心において音と光との区別はさほど重要ではない。この映画は音のみならず光にも大いに注力されており(映画冒頭を参照)、この映画に牛尾憲輔によるサウンドトラックのタイトルは「a shape of light」であり、映画タイトル英題「the shape of voice」と微妙な交叉を示している。それぞれは確かに独立して場を持っているが、場をもちうることにおいて両者は共通する。相互翻訳は無意味であるが、その翻訳不可能性によってこそ両者は重なりあうことが許されている。光と音とはその「極限で」( http://www.excite.co.jp/News/bit/E1475237889931.html?_p=4 )重なりあう。



 蛇足になるが、同じ日に観た『君の名は。』は世界の中に常に君の声を聞き取ろうとする僕の話であり、まさに君と僕との一対一対応の間へと世界を閉じていく側の極であった。私にはどうしても受け容れがたいながらも、その対比において、その対比の条件としての私がこの両作品を同日に観たことの偶発性において、確かに私は面白くふたつの映画を楽しんだ。また観よう。




2016年11月5日土曜日

京アニ山田尚子三部作における、伝えることの「練習」とその先。

京アニの山田尚子監督の三作品(『映画けいおん!』、『たまこラブストーリー』、『聲の形』)で常に主題となるのが「伝えること」であり、その過程では必ず何らかの「練習メディア」が挟まれる。

けいおんのロンドン旅行、たまこの糸電話、聲の形の手話である。

映画の結末を伝達の成功で迎えようとする限り、この練習は常に乗り越えられ精算されるべきものとして描かれる他ないように思われる。

かくして軽音部三年の4人は梓のための新曲で「ビッグでグローバル」を却下し、たまこともち蔵の糸電話は二人の間で弛んで下がり、硝子と将也は思いを声で伝えようとする。

しかしそれは単に精算し無みすることではあるまい。その練習期間の満了は演出的に巧妙にぼかされ、意味をスライドさせることで生きながらえさせられているように見える。

2016年11月4日金曜日

『シン・ゴジラ』、ゴジラを知らない日本。

『シン・ゴジラ』で描かれる日本に私たちがどこか違和感を覚えるとしたら、それはあの日本が「ゴジラを知らない日本」であるからだろう。

その生物を指してめいめいに言葉を交わす人々を見るたびに、私たちは奇妙なもどかしさに苛まれる。「ゴジラ」の呼称を発表した場面では、もはやこそばゆささえ覚える。

ゴジラを知らないがゴジラがいるあちらの日本、ゴジラを知っているがゴジラがいないこちらの日本。

しかしもしゴジラがいると考えることができるとしたらそれは一体どのような形でだろうか。私たちは果たしてゴジラと出会いうる私たちでありうるのだろうか。

2016年11月3日木曜日

a point of

葉叢を透かして陽光を見る。無数の障害を掻い抜け太陽と私の目とを結びつけんとする直線は梢の揺らぎにすんでのところでその途を断たれたりする。


私はただたまたまにそこに出くわす、あるいはむしろその作図の末の交点としてのみ私はそこにありうる。


向こうを歩く人の姿が彼と夕陽とを結ぶ光線に団子刺しされたいくつかの葉叢に跨って絡め取られたようないくつかのすかすかの影がそれぞれにしかし互いに連関をもってうごめくのを、縮みこんでいく光の上澄みの暗みに身を沈めながら眺める。


ときには他の交点としての私を夢想しその交点との間に更に作図を重ねつつ。


右手後ろ下方の幼子の泣き声のひとすじが私の頬から鼻先にかけてを鈍く刳り震わせながら過ぎ去っていく。


しかしこの交点には嵩が、ないしは暈がある。私はいくらかは点ではなくむしろたとえばそれ自身が見るレンズであるかのように、部分的に透過を拒み、フレアを見たり、そこに自己を幻視したりする。

2016年11月2日水曜日

映画『聲の形』を観た。映画を駆動する音楽、京アニの震え。

 映画『聲の形』を観た。

 牛尾憲輔による電子音楽が全編を通して物語の駆動に深く与っているのが印象的な作品だ。
 聴覚障害者を扱う映画だから、というだけの理由によるものではないだろう。京アニは以前から「震え」の表現と実装に極めて意識的なスタジオであった。「震え」とは劇中に現れる幾多のアイテムの振動であるばかりでなく、それを介して繋がり交信する二者であり、その媒体として開かれる空間であり、その受振器にして発振器としての手先である。
 
 『たまこラブストーリー』でたまこの投げるバトンは空を切り体育館の床を打ち捕らえる掌にくぐもった衝撃を与える。たまこともち蔵とを繋ぐ糸電話はふたりの声をまさしく震えとして自らの上に波立たせる。

 そしてこの『聲の形』でそれは将也が幾度と自らを打ち付ける川面として、将也と硝子の手と手の間をその振動で橋渡す金属の手摺りとして、結絃の手の一眼レフのミラーの跳ね返りとして花火の胸騒ぎとして、そしてこの電子音楽として結実している。



 余談だが、以上はこの映画が(それが扱う当のものである)聴覚障害を持つ鑑賞者に対してその効果の半分を閉ざしていることの裏返しでもある。音楽の効果や声の調子といった音声的要素は言うまでもないが、手話を操る手はしばしば見切れている以上、この映画中では手話に言語伝達は必ずしも期待されていない。
 
 私は映画までもがバリアフリー化を求められるとすればそちらのほうが余程欺瞞だと思う。

2016年11月1日火曜日

『君の名は。』を観た。二人の、スイッチング。セカイ=宇宙系。

『君の名は。』を観た。

 主人公の男女二人の、代わる代わる、瞬くような切り替わりの連続(スイッチングの反復の総体としてひとつの大きな何かを繋ぎとめる欲望というものを、先日のNintendo Switch の発表以来考えている)。

 全編を通しての、「二人であること」の執拗なまでの暗示(二羽のトンビ、ふたつのクレーター、道祖神、町長室に貼られたポスターの「陰陽」の文字等々)。

 「フキダシ」表現の採用

 止め絵から3DCGまでを利用した多様な「カメラワーク」による緩急。

 「セカイ系」の親戚なのか、「きみとぼく」的な小さな関係性を地球レベルの現象に託す傾向。『魔法少女まどか☆マギカ』でも見られるような、セカイと宇宙(地球、太陽系、銀河系、等々)とを混同して物語っていく姿勢。

 

2016年10月31日月曜日

こまめに文章を書くよう心がけようと思う。そして文章を発することについて。

 これからしばらく、文章をこまめに書くよう心掛けようと思う。私は相当の遅筆者であり、今日の日中に頭に浮かんだこの表明はその気紛れさに比して割りと大胆なものであったりする。

  文章を書きかつ記録する場としてはこのブログを流用。方針としては何よりも拙速を再優先する。まとまりなくとも、矛盾があろうとも、数行の長さであろうともチラシ裏の内容であろうとも句点を打って公開する。そのあたりがさしあたりのルールだ。


 さてこれ以降は蛇足であるが、それにしてもなぜただ言語化するだけでは足らないのか。ノートなりメモアプリなりにでも書き溜るだけに飽き足らず、更にそれを公開するのはなぜなのか。

 実際私の部屋の片隅は大学時代の講義や読書内容の整理感想を書き散らしたルーズリーフや反故紙が整理されないままに積み上がり埃を被り事態の収拾を断固拒否する構えであるし、メモ帳アプリもまとまらぬままに捨て置かれた諸々の備忘の吹き溜まりになっている。

 それらが日の目に晒されないこと自体を問題視しているのではない気がする。諸々に区切りを打ちたい、そちらのほうが私にとって重要だ。

 たとえばそれらをそれが発せられたその状況へとピン留めして保管すること。

 潜在的にいくらでも滲み広がりうる混濁液に蓋をし棚に仕舞い沈殿を横目で待つこと。

 縮尺を定め一定のスケールを与えること。


 句点に綴じられぬままに吹き溜まった文章は、その内容や論旨の如何や出来不出来に関わらずどこか濁って感じられる。それは今後の絶えざる推敲を経て更に更に本意へと真意へと漸近していきうるのかもしれない。世界の混沌の反映、ミニチュアとしての混濁なのかもしれない。そのような思いは文章に句点を打つ手をしばしばためらわせる。その豊穣への予感は見放し難い魅力だ。

 しかしそうある限りそれは予感でしかない。道を断て。いやむしろそれは道であり道でしかないことを認めよ。句点の絶句とともにその道半ばに行き倒れよ。Google Street View 、海原や砂漠の只中であろうが彼は頑なに路傍に、有限性に、踏み留まることを知っている。文章を書くこととは有限化の営みにほかならない。句点を打つためにこそ私は書き、それを発するのだ。









2016年8月14日日曜日

中ザワヒデキ「人工知能美学芸術宣言」関連(Twitter記録)

以下は2016年7月3日から4日にかけて筆者がTwitter に投稿した一連のツイートに対して頂いた中ザワヒデキ( @nakaZAWAHIDEKI )さんのご反応を受け、筆者が2016年7月14日から15日にかけて投稿した一連のツイートの備忘記録です。本ページへの再掲にあたり本文への加筆修正は基本的になされておりません(元ツイートはTwilog 経由で参照可能)。

2015年7月4日付の中ザワヒデキ( @nakaZAWAHIDEKI )さんによるTwitter投稿(twilog)
http://twilog.org/nakaZAWAHIDEKI/date-160704


2015年7月14日付のTwitter投稿(twilog)

2015年7月15日付のTwitter投稿(twilog)



私の至らぬ理解に色々と思うところも多かろうところ、仔細なお返事大変恐れ入ります。疑問のいくつかに導きを得るとともに、二三の新たな疑問の問いかけをお許し下さい。

まず、美学/芸術の対称的位置づけについての指摘が、一つ合点がいった点でした。中ザワさんは美学が「先に」あるという表現をされていますが、この点あるいは私の主張と表裏の関係にあるのかもしれません。


すなわち、無時間的かつ無限に広がる潜勢的な場としての芸術と、その只中にあって舵取り現働化する制限因としての美学、という構図を想定するならば、そのいずれの側から語るかの違いとして中ザワさんと私との両主張を整理できるのだろうかと思いました。


あとひとつ、私がAI芸術による循環史観の失効シナリオについて問うた時、中ザワさんはAIが書く美術史について言及されました。
私はつい、人間の美術史からAIの美術史への転換、という「劇的」な想定をしてしまいましたし、また多くの人びとも同じでしょう。


しかし人類が後世の芸術概念を以って原始時代の壁画等を遡行的に芸術と見做し美術史の片隅に書き込むように、人工知能もまた彼の芸術観を遡行的に適用し、日時計の芸術、ポケベルの芸術をその美術史の中に位置付けていくことでしょう。


そしてこれは、人間と人工知能の美術史とが、ある時点で排他的に切り替わる関係にあるのではなく、むしろ並行的なものとして共存可能であること、人工知能の美術史は人間のそれの息の根を止めることはないことを示してはいないでしょうか。


すると、私達のそれと交わること無い並行史をあえて覗き見することになんの意義があるのか、というかそもそもそんなことが可能なものか、正直私にはわからなくなってきています。


確かに前述のように、この相対化は 植民主義的に、人間中心主義を外側から補強する働きをもち、その意味では「役に立つ」ものです。しかし、あくまで憶測ですが、私には中ザワさんの目的が、少なくとも表向きには、そこにあるとは思えません。


この想定は、人工知能芸術の「ポップな」方の魅力に水差すものです。なあなあと生き永らえてしまう人類史は劇的展開からはほど遠いものです。
そして中ザワさんは、自身の意図とは離れた「ポップさ」を密かに大いに利用している方であると私は認識しています。


末筆ながら、今回の宣言の殆どサービス過剰なまでのポップさ、その裏(と呼ぶのはあまりに素朴かつ不適切でしょうが)で中ザワさんが見据える先を、これから徐々に明らかにされていくであろう今後のAI美芸研と、なにより中ザワさんの活動を楽しみにしております。

2016年8月13日土曜日

中ザワヒデキ「人工知能美学美術宣言」感想の続き(Twitter 記録)

以下は2016年7月3日から4日にかけてTwitter に投稿した一連の投稿の備忘記録です。本ページへの再掲にあたり本文への加筆修正は基本的になされておりません(元ツイートはTwilog 経由で参照可能)。



2015年7月3日付のTwitter投稿(twilog)

2015年7月4日付のTwitter投稿(twilog)



今年5月1日に中ザワヒデキ氏起草で発表された「人工知能美学芸術宣言」は私にとって、端的におよそ同意も許容もできない内容であった旨、以前も少しつぶやいたが( nanka-sono.blogspot.jp/2016/06/twitte )6月19日にAI美芸研での講演を聞いたこともあり、改めて二三確認したい。


「人工知能美学芸術宣言」( aloalo.co.jp/nakazawa/2016/ )
「第1回AI美芸研(人工知能美学研究会)」( aloalo.co.jp/ai/research/r0 )


まず、当宣言の想定する美学と芸術は「人工知能が自ら行う美学と芸術」であり、そしてそれが現状実現されていないのは、「端的に、自律性を兼ね備えた汎用人工知能が実現できていないから」である。即ち人工知能の自律性は芸術制作の条件である。


宣言中で「認識能力、判断能力、創造能力」「創造性と直観」等表現されるところの「自律性」は、しかし明らかにある種の人間観を前提としている。即ち自ら認識し、判断し、そして自らを表現するところの人間という、現代においてはあまりに普及し、自明とさえされている「自律した人間」観である。


そのような人間観、そしてそれに基づく芸術観はしかし、歴史的にはルネサンス以降の西洋社会において作品の制作者たちが、神から垂迹する芸術の憑り代であることを止め、その源としての権威を次第に神の懐から掠め取り「芸術家」という地位を確立していった頃にようやく成立したものではなかったか。


人工知能による芸術の条件として人工知能の自律性を語ることで、当宣言は逆向きに「人間の」自律性を前提化する。
たとえ人工知能が人間に取って代わるにしても、それは人間の力能を継承する限りでの人工知能であり、本質的には人間の力能の何も脅かすことはなく、むしろ強化しようとさえするだろう。


以上は当宣言における人間観の保守性の指摘であったが、しかし当宣言はさらに芸術観においても保守性を示している。即ち、(人間であれ人工知能であれ)制作主体の行為対象としてのみ可能になるところの芸術(作品)という、人間中心主義的芸術観である。


先の「自律性」という発想は、外部からの刺激を待つことなく自発的に行動を展開するという意味で「主体性」と言い換えても良いだろう。事実今回の研究会では「主体」という語がたびたび登壇者の口に登っている。主体がまず先にあり、その客体として芸術(作品)が生まれる、というわけだ。


ここではその発想の是非に深く立入ることは避け、中ザワ本人の従来の立場との齟齬の指摘に留めたい。
共に彼の手による「人工知能美学芸術宣言」と「方法主義宣言」との最大の違いは、その主語として「芸術」を措定する後者に対して、前者はそれに芸術作品の「制作主体」が取って代わる点である。


この違いは大きい。というのも、制作主体について問うた途端に、前宣言における自己展開する芸術観では問われることがなかった問い、すなわち「ではその制作主体に値するのは如何なる主体か?」という問いに必然的に帰着するからである。


また中ザワは美術史を前衛、反芸術、多様性という3つの段階の反復として説明する独自の循環史観の提唱者でもある。循環史観は芸術自体があたかも一つの生命体のように自己展開するという発想に基づいており、それは個々の作家から美術を語る主体主義と相反する。


驚くことに、今回中ザワは人間の相対化を語る。芸術に対する従来の人間の傲慢と楽観を打ち破る、「反芸術」の戦略の一環として。しかし「相対化」こそ、中ザワの使う例を借りるなら、不完全性定理、自己言及による自壊という惨事を避けるための外部を確保するべく用意された方便ではないか。


ここにきて中ザワの主張は、例えば動物の権利団体が挙げるような主張と限りなく接近するように見える。人工知能という主体が行う芸術の可能性を人間と並行的に語ることで、人間という主体の地位の危機を回避するような、迂回的な人間中心主義。


そもそも「人工知能に芸術は可能か」という問いそれ自体、人間が判断基準になっているのは明らかである。今この瞬間も100円ショップの電卓の集積回路の中で、時計の文字盤の上で、縷縷と行われているかもしれないなにかを、現状、たまたま、私達が芸術と呼ばないだけのことではないか。


芸術にとってその制作者とは、例えば作曲家チャールズ・アイヴズにとっての「十本の指」と構造的に等しい。そしてその制作者が人間であろうが人工知能であろうが(指が十本であろうが五十本であろうが)、いずれも制限因子であるという意味で、芸術の側からすればそこになんら違いは無い。


(参考:中ザワヒデキ「作曲の領域:シュトックハウゼン、ナンカロウ」 aloalo.co.jp/nakazawa/2016/ )


真に人工知能によるカタストロフを考えるためには、人工知能が無限に「速く」なった地点、人工知能と芸術とが一致する地点を想定する必要があるだろう。しかしそれが人工知能である必然性は全く無いし、また仮に一致したところで有限なる人間の感覚器にはあいも変わらずその残像が映るばかりである。


ところで「仮想空間の中で石を落としてその挙動を予測するよりも、自然界で石を落とす方が余程手軽で早い」という至極もっともな判断から「自然現象として計算を行えばよい」と言ってのけたのは『Self-Reference ENGINE』の円城塔である。


「巨大知性体のネットワークが、論理回路の集積物であることをやめて、自然現象そのものと一体化した」世界、しかしその世界にあってもやはり人間は割りとのうのうと日々を送っているのだ。


あるいは当宣言はそのような地点をとうに見越した上での必要悪として放たれたのかもしれないとは思う。しかしこれを受けて、たとえポーズでも反発の声が殆ど皆無であることに、私は強い危惧と憤りを覚える。ここ最近の友達ムード、これは美術界全体の問題だ。



2016年6月20日月曜日

中ザワヒデキ「人工知能美学芸術宣言」感想(Twitter記録)


以下は2016年5月2日にTwitter に投稿した一連の投稿の備忘記録です。本ページへの再掲にあたり本文への加筆修正は基本的になされておりません(元ツイートはTwilog 経由で参照可能)。


2015年5月2日付のTwitter投稿(twilog)
http://twilog.org/10aka_/date-160502



昨日深夜配信された中ザワヒデキさんの「人工知能美学芸術宣言」、そのあまりの前時代っぷりに単純に戸惑っている。これは何かのパロディなのかしらん、とさえ思う。
http://aloalo.co.jp/nakazawa/2016/0501a_j.html



そもそも前提としている芸術観からして中ザワさんらしくない。「認識」「創造」等の語の許、この宣言中では芸術があたかも客体として、主体であるである私たち(あるいは来たるべき人工知能たち)の手の許におとなしく丸まっているかのようだ。


しかし芸術とは(それが天然であれ人工であれ)知能ないしはその他あらゆる外的主体による作業の結果物として産出されるものだという芸術観に私は全く賛同できないし、また中ザワさんがそういう芸術観を持っているとも思えない。


芸術とは、それ自体が無限に速い思考そのものではないか。
絵画は、詩は、音楽は、絶えず自らを思考している。それは微細な迷路のあらゆる襞を立ちどころに浸していく水のような推進力であり、それにしがみついて自らの進む先を求めたのが例えばかつてのフォーマリズムであったわけだ。


なおもとうに終わり続けているその演算過程の凝集した軌跡を、確かに私たちは後から追い駆けそこから作品を蒐集し自らの名前を貼り付けていくのであるが、それはあくまでも二次的な話だろう。


(二次的と言うのは重要ではないという意味ではない。むしろそれこそが私たちが生きる地平なのだから。芸術をある有限性へと結果せしめる空気抵抗の場、大気圏。それは中ザワ循環史観では前衛・反芸術・多様性という三段のスペクトル分析の場としてあらわれている。)


ある作品が吐き出された排出口が「たまたま」人間であろうが人工知能であろうが、芸術機械の無限の思考の緩慢な現働化である限りそれは芸術作品であるというのはあまりに自明のことで、このような再認を中ザワさんに強いたのは一体全体どんな事情だったのか、という点こそが今回もっとも気になる。


あと、人工知能美学芸術研究会発起人一覧を見るに、ここから「中ザワヒデキの友達展」まではさほど遠くない、などと思ってしまうのでした。、







2016年1月31日日曜日

中山いくみ個展「HAL(L)O! HIROSHIMA」於Gギャラリー/高畠愛子作品於カタ/コンベ定期展「KITAJIMA/KOHSUKE」

2015年7月8日から9日にかけてTwitter に投稿した一連の投稿のまとめです(元ツイートはTwilog 経由で参照可能)。


2015年7月8日分のtwilog
http://twilog.org/10aka_/date-150708 2015年7月9日分のtwilog http://twilog.org/10aka_/date-150709 6月27日、日帰りながら広島に行ってきました。 目的であったGギャラリーでの中山いくみ個展「HAL(L)O! HIROSHIMA」、初めての広島での経験とないまぜになり印象に残っているので、この際ないまぜのままに書き連ねます。


広島市街では何よりも、市内を流れる川水の、黒々とした凄みが印象的だった。河辺には柵も無く、数多く設えられた石段は岸辺に溜まる泥へと直に差し込む。廃棄物や小舟が横たわり、足音に無数の蟹がざわつく。他方下ろされた釣糸や急拵えのコンクリブロックの階段には確かな生活臭も見て取れる。 川が生命活動の痕跡そのもののように、引き伸ばされ横たわる影法師のようにそこにある。痕跡、影法師と言うのはつまり、川水の存在感はその外部を持つ、外部に支えられているということだ。 中山いくみ個展「HAL(L)O! HIROSHIMA」を、その広島の地で見ること。 それはあたかも近くを流れる京橋川から取り残された水溜りのように、Gallery G(毒気と生気をまとめて塩素で脱臭したような気の抜けたプールに浮かぶガラス箱だった)にどす黒い光を持ち込んでいた。 たとえばエノラ・ゲイの窓を象ったあの黒々としたパネル。個展前にその表面を研ぎ出す現場を間近に見たのだが、黒く濁ったたらいの水面に映る雲の像のゆらめきが印象に残っている。 私が広島の水に感じた存在感とは存在の自足性によるものではない、むしろ絶えず周囲の事物を映し込み、それを歪ませつつ自らもそれと一体に歪んでいくような、動的なそれだ。 すべてに溶け込みすべてを溶かし込む水。水面の歪んだ像は水と不可分だ。 影法師のような広島の川はまざにそのようなものとしてそこにあった。そして反射や屈折、作品と鑑賞者との光学的紐帯、「像と光の間」に関心を寄せる中山いくみの作品もまたそれを問題としている。 その作品の像はただ歪められるのではない。それを「歪んでいる」と認識する鑑賞者の存在を告発し、作品へと巻き込んでいく。光と像、画面のこちらとあちら、広島の地とその「光を-観る」客人といった二項の撹乱。作品を覆うガラスに映り込む自らの像が画面の像と弁別困難になってしまう厭わしい経験。 中山が再現するエノラ・ゲイの窓は奥行が圧縮・平面化され、操縦桿の向こうとこちらとの区別を失い、その黒く艶のある表面に原爆を運ぶ操縦者と原爆を受け取る広島の地にある鑑賞者とが重なり合う。 広島は既に米国という客人の視点を経由すること無しに見ることは不可能になっている。平和教育はエノラ・ゲイの置土産だ。しかし他方、彼らが広島にもたらした当の贈り物、リトルボーイそのものの視点に立つことは大きな禁忌であり続けてはいまいか。 平和祈念館の廃墟広島を描いたパノラマ空間の中心即ちリトルボーイの視座は、投下時刻を指す時計を模した水盆に占拠されている。 「目的地点」が「悲劇の中心」へとすり替えられている。原爆を全き彼岸から飛来した非人称的な悲劇にするために。自分たちとの間に一切の連続を許さないように。 しかし果たして悲劇に中心などあるのか。そのような単一のものでありえるのか。 ともあれ原爆は広島を、爆心地を中心とするひとつの同心円のもとに再編してしまった。平和記念資料館の多くの資料には、それらの投下当時の所在地の爆心地からの距離が記されている。事後的な都市計画。 そして原爆とは、ひとつの大いなる記念撮影だった。それは広島を単一の平面へと射影し焼き付ける。 ヴィリリオは原爆と911との相違を、後者のマスメディアによる反復性に見出すが、裏返せば原爆はその表象の単数性を特徴とする。広島をヒロシマとして、単一の分脈の上にピン刺し標本化すること。 平和記念資料館の展示品、各所から撮影されたきのこ雲の複数の写真すらもあまりに記号的にみえる。きのこ雲がどこからみてもシルエットが変わらない回転体的図形であるから尚更だ。 いわばグーグルマップの地図上のピンのように(旧日本銀行広島支店で見た小田原のどかの矢印もまた) 今回の中山の個展の狙いは、まさにこの記念写真的単数性を打ち崩すことであった筈だ。その姿勢は個展のタイトルに既に表れている。光暈 halo 即ち ハレーション halation 、印画平面内部にありながらその外部としての物質性を示唆する兆候。分かち難い水面と映像、こちらとあちら。 現代のヒロシマ・ナガサキには個人が、いや個人だとまだ社会構成員臭がきつい、バタイユの表現を借りるならば「動物」、「感性」が、許されていない。そういう意味で単数的・記念撮影的なのだ。 原爆という中心に結集された悲劇の共同体は当然アメリカのカメラ・アイを経由している。しかし当の犠牲者の多くはそんなもの関係なしに、動物的な暗闇の先端で死んでいったのだ。

広島を後にしたその足で中野カタ/コンベ定期展 KITAJIMA/KOHSUKE。 高畠愛子さんの、円形のパネルに有刺鉄線の一房をポップに描いた作品があった。沖縄米軍基地撮影時、唯一監視員による削除を逃れた写真に写り込んだものを描いたという。やはり向こうとこちら、米国と日本だ。 円形の画面は更に水玉模様に覆われ、結果画面は二つのレベルで円に統御されている。 円は求心的、即ち自己完結性が高く反復に適さぬ形態ではないか。それが棘の房の反復であるはずの有刺鉄線をフレーミングしている。さらにそこに水玉模様という円の反復だ。 さしあたっての比較事例に、四角形の反復としての金網即ちグリッドを思い出す。 ロザリンド・クラウスによればグリッドは遠心性(=反復)と求心性との両立に特徴づけられる。では水玉模様とは何者か? 円の反復としての水玉模様の実現を担保するのは、個々の円の間に必ず残る或いは生まれる空隙である。水玉模様は空隙の反復でさえある。 グリッドはその全体的形式規定性自体が内容化しているのに対し、水玉模様はその個別的内容充填性がむしろその間隙を、ひとつの連続した地として強調してしまう。 高畠愛子さんの画面は、円形パネルは充実した円盤であると同時に有刺鉄線を切り取る空間を開く空虚な枠であり、有刺鉄線は切っ先鋭い物体でありつつむしろその反復の全体は鉄条網の向こう側を示唆し、水玉模様は支持体の円を反復しつつその空隙にひとつの空間を開くという複雑な入れ子状態を呈する。 画面を前にしてピントを結べないこと。モネの睡蓮を思い出してもいい。 鏡が目の近くにあろうが遠くにあろうが、ことさら近視の者にとってその表面に映る風景が依然ぼやけたままであることにかわりはない。鏡面と像とは同時にはピントを結び得ない。
水玉がそうならば、水滴もまた。個々の水滴の充実とその空隙によって開かれるひとつの空間。 DMにも採用されている《Kの肖像》。水滴と水滴との隙間に浮かぶおぼろげな人影、そしてそれに加えて、個々の水滴がレンズとして、それぞれ別個に(そこが重要だ)肖像写真を結像する。 ところで水滴は人物の姿を「覆い隠し」「歪めて」いるのか?しかし観る者が人物の細部、涼やかな目や金ボタンの冴えた輪郭を知ることができるとしたら、それは水滴の歪像、そしてその多数性によるものだ。 原爆を雛壇で平面化された記念撮影の単数性へと回収しないために。原爆という中心なしに「狭隘な」自己の視界に充満する不幸の内に死んだ/生きた無数の人々を無きものにしないために。それが個々の水滴の歪像だ。水滴の小ささ、だがそれらのレンズの各点においてその度ごとに、その光が世界の全てだ。


付記

なお、先のKの肖像と(現状ではやや片寄った)対を為す同名作品では、水滴とグリッドの両方が画面を覆う点付言しておく。先述のとおりだが、整然と並ぶグリッドによる肖像の色面分割はモザイク画的な分散した快楽を惹起し、水滴はその間隙に分散以前の単一の肖像を垣間見ることを誘いかけもする。 展示紹介の文章がだいたいそのとおりだな、という感じなのでこれ以上あまり突っ込まないけれど、例えば「反射作品」は作品保護の透明板という絵画の制度面への問題提起でもあり、デリダによる内化された外部としてのパレルゴン(作品に−付随するもの par-ergon)の議論へと接続可能だ。 あと私が中山さんの作品を見た感想をこのように書いて、ではそれらは原爆画なのか、平和への願いこめてんのかというとそうではなくて。 ひとつの理想はそれこそ作品自体がその都度の文脈を映しそれと溶け合うひとつの水鏡になることなのだろうし、もしかしたら私たちは既に中山さんに騙されている。 あと、ごくごく薄い本だけれどこの本は読まれて欲しいな。 ジョルジュ・バタイユ『ヒロシマの人々の物語』 http://www.amazon.co.jp/dp/4907105045