7:30現在、コーヒーはまだ淹れてはいない。米を炊いている。玄米の、私は白米よりもこちらの確かなフィールドの方が好きだ。火にかける時間は長い。
たった今味噌汁を用意した。昨晩浸しておいた煮干しに、もやしの残りに、冷凍庫に一年以上放置されていた油揚げ、湯通しして、あとしめじとえのき。小さなミルクパンにいっぱい。
昨日買ってきたサンマもじきに焼くだろう。クチバシから何か飛び出しているのは寄生虫か何かだろうか。
昨晩は買い出しに出た。上着を羽織るのは夏が明けてから初めてだったか。イオンは最近、備え付けのスマートフォンでバーコード読み取り、セルフ会計できるようになり、このご時世にはとても気楽でありがたい。
土鍋の底でぱちぱち鳴き出した米をもう少し追い込みつつ、魚焼きグリルに火を入れる。味噌汁は少しおいてキノコと油揚げの味が汁に馴染んできたようだ。
昨晩は色々な食材がずいぶん安く手に入って嬉しい。先のサンマは3尾で150円だった。それと一尾分のゴマサバの切り身80円、鯛の頭30円。それとキャベツやら、もやしやら。柿もひとつ。
サンマは今朝の分一尾を残して冷凍した。適当な大きさの保存袋を探した結果、メゾン・カイザーのポリ袋に無事収まったので、少し笑ってしまった。相当昔にもらったはずの、バゲット保存用のものだ。パン屋にももうながいこと入っていない。
サンマがぶすぶす身を焦がす音を寄越している。
8:30現在、コーヒーは一杯。コロンビアのウォッシュト。なめらかな質感に華やかな酸味が心地よい。外で濡れたアスファルトを轢き回す車輪の音の寒々しさと斜交う。
朝食と洗い物はすでに済ませた。サンマのクチバシに飛び出した硬い鋭角はどうやら頭蓋の一部だった。
昨日音読したのは太宰治の「女生徒」冒頭、「得意である。」のところまで、を2回。いずれも10分と少し。私はあの小説が好きだ、朝、目を覚まして以来ぽちぽち去来する諸々が、移り気の都度に、お仕舞い、と断ち切られるのではなく、句点を跨いで、喰み出しあって、斑らけをなす、あるいはポリリズム。その意味で、朗読に向いた作品かもしれない。グリルの網の上、裂けた横腹から覗く魚の肋骨を数えるように。移した皿の上で、白く凝固した肉を解して骨を梳き取るように。
魚の浮きぶくろはもともと、肺が変化したものなのだという。古代の魚類が海水から淡水へと進出するに従い、空気中から酸素を得る器官として獲得したのが肺であり、その役割を保持したま現代に至るのが、ズバリの名を持つハイギョのような肺を持つ魚類、淡水からさらに陸へと上がった両生類、そしてその他あらゆる四肢動物である。翻って淡水から再び海へと戻り、その際に肺を浮力の調整器官、すなわち浮き袋として転用したのが私たちに馴染みある魚類の大多数である。その中には再び淡水へと踵を返した淡水魚や、海底での生活に特化して浮き袋を失ったヒラメやホッケようなものもいる。
コイやナマズ、ニシンの仲間はこの浮き袋に反響する音を聴覚の補助に利用するという。彼らは音を腹で聴くのだ。
もしかれらに声があったならば、かれらは自らの声をどのように聴くだろうか。耳栓をして声を発する、あのくぐもった声が頭蓋いっぱいに反響してどうしようもなくむず痒い、あの感覚を思い出しながら。
「女生徒」冒頭には短い語の反復が数多く現れる。どきどき、むかむか、また、また、とうとうおしまいに。濁って、濁って、しらじらしい、いやだ、いやだ。
その反復は、第一声に、ひとつ遅れて第二声をまた重ねるその反覆は、行き着く先もないままに、ただ内向きに落ち込んでいく内語の、内省の、出鱈目な反響の輻輳する果てに、場末の吹き溜まりのように現れる「私」の、(そうだ、「我思う、故に…」が頑なに隠匿しようとした、)あまりに遣る瀬無いあらわれの形象だろう。私は、私が口を開く、発せられた「あ」に、ひとつ遅れて反響する耳骨の、鼓膜の、はみ出した傍らおいて私として、「あさ、眼をさます」のだろう、水底に沈澱する澱粉のように。そしておそらく彼女の子宮を介して、母と娘の反覆のなかに私としてあさ、眼をさますのだろう。
そうしたやりきれない反復のなかにある私に抗うように、ふと、「お父さん」などと、小さい声で呼んでみる。大空を一杯に映すような美しい目に憧れてみる。憧れて、自分の目のたどんのように光を押し殺す多孔質な表面を、いっそのこと涙で湿してしとやかに覆ってしまいたいと思ったりする。
そんなことを脈絡なしに夢想しながらも、日はまた暮れて、またあけて、また、あさ、眼をさますのだろう。
10:30現在、コーヒーは二杯目。グアテマラのウォッシュト。この産地には意外なほどの繊細な、皮に覆われたままの桃を嗅いだような清醇な香気。一歩退いたやさしい酸味。しかし去り際、不意に焚き火の煙が一瞬鼻先をよぎったような感覚があり、なつかしくて少し泣きそうになる。
外は雨である。
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