2021年1月30日土曜日

20210130

11:45 現在、コーヒーはすでに一杯。

なんでもない住宅街と言って良いと思うのだが何でこう騒々しいのだろうかこのあたりは

だいぶ昔に見たことのある夢のリメイクを見たような気がするが、その「だいぶ昔に見た」という記憶自体が昨晩の睡眠時に帰せられる夢の産物であるような気もする。こういうことはしばしばあるけれど、毎度不思議な心地にさせられる。ついでに言うと夢の中でも私は夢うつつで授業を聞いたりしていた。

窓から差す日光が潮のようにずらずら鈍い音立てて引いて行く。その跡に顔を覗かせた濡れ砂が吐き出す気泡のように、薄暗がりが粟立っては皮下に潜り込んで感覚を鈍麻させる。砂に塗れた汚い流木だ私の身は心は。

2021年1月29日金曜日

20210129 雪ぎ

10:10 現在、コーヒーはすでに二杯。一杯目は昨日開けたエチオピアのナチュラル。
豆の時点で少しねっとりしたフルーツの風味。口に含むと紅茶や干し草を思わせる乾いた芳香を露払いに、苺のような可愛らしい甘味がころころと広がって、最後には喉をくいと軽く引っ掻きながら落ちていく。以前にも買ったことのあるものだが、これこそエチオピアだとつくづく嬉しくなる。こういうのをずっと飲んでいたい。

昨日は昼間のうちに買い出しを済ませてしまおうと外に出ると、思ったよりも強く冷たい雨だ。上着の裾から足元にかけてが染み通りこそしないものの振り掛けたかのように濡れる。いつも通りの大股なので余計に濡れる。手袋を濡らすのが面倒臭いので裸の指がひしゃげる。こんな日でも往来は意外と盛んで理解が行き場を失う。ボコボコの人参、10%引きのモウカサメの切り身、割と高いなといつも素通りしていたパスコのくるみ入り食パン、他。

店を出ると雪だった。つまらない冗句のような展開。雨とは違って落ちた先の路面で跳ねたりすることのない雪は、あたかも地表が偏光板が見せる見せ掛けの間仕切りであるかのように事もなげに貫通して過ぎていくようで、いつも足元が覚束なくなる。そのくせビニール傘にはみぞれと化した雪が妖怪の鱗のようにへばりついて、柄を握る手にその重みが確かだ。黒尽くめの身なりに絡み付く雪片は今年はマスクの白と韻を踏むな、と思いながらに引っ剥がした玄関扉を入るや否や雪を振り払った。

モウカサメはスパイスとヨーグルトに漬け込まれた後、無事カレーになった。中国語が楽しい。

朝の目覚め。昨日のことがもうだいぶ以前のことのようで食パンもすでに割と無い。開けた窓の先、雪がれてか空気が清潔だ。

さすがになあ、とさすがにまあ思っている。 じゃんけんでチョキ出すつもりなら今がさすがに最後だぜ。


2021年1月28日木曜日

20210128 夢

12:20 現在、コーヒーはすでに一杯。

実のところ寝ている間は全くの無なのであって、寝ている間に見ていたのだと思われているところの夢というのは実際には睡眠中のそうした無を無かったことにするために覚醒後に造られる偽の記憶だ、といった説を昔々にどこかで聞いた。その真偽はともかく、この説が私はなんとなく気に入っている。記憶が本物か偽物かというのは大した問題ではなくて(全ての記憶は何らかの形で偽物だ)、むしろ連続した時間というファンタジーを必死に守ろうとするそうした記憶があろうが無かろうがお構いなしに、覚醒の瞬間、その断絶のキワにどっと押し寄せる空っぽな感情の吹き溜りの奇妙なリアリティに惹きつけられる(そうした点では私は新海誠に親和性があるのだろう)。たとえあの日の出会い、あの日の会話の記憶を毫も脳裡に留めて居なかったとしても、あの顔を見るや明らかにあれは不快だ、という感情が込み上げる。歴史抜きの重みだ。目尻の皮膚の捲れ上がりの鮮烈な朱だ。墓という詐術を尻目に、この原に人は骨を撒き散らす。

2021年1月27日水曜日

20210127

13:50 現在、コーヒーはすでに二杯。

 口元にまた出来物が出来た。私からは以上です。

2021年1月26日火曜日

20210126

13:00 現在、コーヒーはすでに二杯。

昨日は買い出し。なんだか記憶がない。月が満月かと見紛うほど明るかった。

中国語で「覚」の字には「覚める」と「眠る」という、一見相反する二つの意味があることを知った。発音をそれぞれ「jue2」「jiao4」と変えることで区別されているらしい。「睡覚 shui4 jiao4」なんて語を見たときは一体何事かと思った。

鈍い陽。曇りガラスは白く発光しているにも関わらず室内は生暗く、指は節々が突っ張るのに肌には厚みのない熱気が煩くチラつく。だるい。

2021年1月25日月曜日

20210125

10:30 現在、コーヒーはすでに二杯。

昨日一昨日の生暗もようやく明けた。逃げそびれていた地表の水気が息急き切って大気中へと立ち昇っていく熱気を外から感じる。

相変わらず唇は荒れに荒れているし、足首は座りが悪く指は鈍い。

そろそろ韓国語のまともな文法書が欲しいと思う。手持ちのものは入門書というよりはむしろエッセイに近いムック本と、あとはなぜか韓国語話者向けの日韓辞典だけだ。

吃るほどの言葉を私は持ちあわせない。

2021年1月24日日曜日

20210124

14:20 現在、コーヒーはすでに一杯。ミャンマーのナチュラル。
表記上は浅煎りとあるが、色ツヤやたっぷりガスを抱いて膨らむ様子は中深煎りのそれに見える。強いロースト香、土っぽく微かにスパイシーな風味は以前余所で買ったミャンマーのハニー・プロセスによく似ていて、この産地の特徴なのだろうかとも思う。そうした強い印象につい気を取られがちだが、テクスチャは意外とスムースで甘く、閃くようになにか青っぽい甘酸っぱさ、キウイかなにかだろうか、を微かに感じた気がする。淹れ方次第でもう少しこちらの印象を強調できるだろうか。

なんとなく予想はついていたけれど、今朝は酷く寝過ごした。未明に一度目が覚めたときには脚の付け根から上下に広がるようにムズムズとして気色が悪かった。夢の中で日本語の音声を背にして無数のハングルが蟻の行列のように幾筋も列なして這い回っていたけれども関係はないと思う。

ずるずると降る雨が生暗い昨日には色々とリズムを崩された。今日も暗く、そもそもすでに色々とたたみ始めるような時間にこれを打っている。